殘唐五代史演義傳第十八回 存孝、永豊倉を焼き討ちにする (存孝火燒永豐倉)

要約

存孝は十八騎を率いて葛従周を七日七夜追い、覇陵川を越えて長安城中まで追い込んだ。逃げ帰った葛従周は黄巣に、黄河の戦いで孟絶海らが飛虎将軍十三太保李存孝に三将を失い、李克用が二十七鎮を率いて河岸に陣して連日交戦し健将を無数に討たれ、張権の陣も破られて張権と四十八員の名将を殺され大敗し、敵はすでに潼関を越え覇陵川に至ったと奏した。巣は驚いて城門を固く閉じさせ、翌朝群臣と議することにした。

存孝は追ううちそこが長安とは知らずに入城し、住民に問うて帝京と知った。囲まれて弓弩を乱射されれば十八騎は一塊になって死ぬと将校に言い、駆け回るうち永豊倉に出て賊の喉元を断つと火を放ち、城内は赤く照らされた。黄巣が消火と捕縛の者を募ると御弟黄珪が名乗り出、渾紅馬と羽林軍三千を賜って出る。存孝の乗馬が鼻血を流して乗れなくなったところへ、紫金冠に黄金甲、鉄桿槍を握り赤鬼紅鬃馬に乗る黄珪が現れた。存孝はその五名馬を誉め、叉で突きかかる黄珪を片手でつかんで火中へ投げ込み焼き殺し、馬を奪って跨がった。

馬は正陽門を覚えており、門番が鑾鈴を大王の帰還と思って開けたため、存孝は皇城と気づかぬまま五鳳楼前に至った。黄巣は招安しかないという文武に従い、従えば高官を選び放題だと呼びかける。存孝は安休休に官職を問わせ、兄弟をみな並肩一字王に封じようと答えた隙に矢を放った。矢は平天冠に刺さり巣は昏倒したが死なず、各門に兵一万と健将十員を増せと勅した。存孝は号令と喊声で巣の生存を知り、夜明け前に城を出ようと急ぐ。行く手を阻む李罕芝の渾鉄棒を握り止め、好漢ゆえ傷つけまいと畢燕檛で棒を打って指の股を裂き、棒を桶の箍のようにひねって捨てた。罕芝と傅存審は降り、存孝は八拝の義兄弟の契りを結んで棒を元に戻して返し、三千の軍馬を加え、光太門の錠を一つかみで断ち切って城外へ出た。

黄桑店で道を塞いだ鄧天王は身の丈一丈五尺、黄金甲に二丈四尺の画桿方天戟、黄驃馬にまたがっていた。存孝は自分に化けて兄の営を襲った者だと責め、戟を払って生け捕り、首を斬れと命じたが、鄧天王が八十の老母に黄金を納めていないことと技の未熟を心残りに挙げたので、曹州の者と聞いて武具を返し、老母に仕え技を修めてから来いと放してやった。晋王は周徳威の勧めで二十七鎮を率いて黄河を渡り覇陵川に営を据えた。着いた存孝が耿彪・崔受・張竜・李虎を殺し、張権と巣の将四十三員を誅し、魏南三県・潼関・覇陵川を得、永豊倉を焼いて黄珪を殺し、黄巣を射て二将を収め鄧天王を捕らえた次第を語ると、諸侯は並ぶもののない功だと言い、晋王は祝宴を設けた。

黄巣は翌朝、尚譲・斉克譲・葛従周ら文武を召し、倉廩を焼かれ黄珪を殺され一矢を射かけられたと憂えて策を諮った。葛従周は、晋王が酒宴にふけって軍に規律のない今こそ親征して夜襲せよと奏し、巣は十万を点じて御駕親征に出た。長安の道で黄衣の道人が宝剣を返せと言って拐棒で巣を打ち倒し清風と化して去ると、腰の混唐宝剣が消えていた。巣は怒って左右の数人を打ち殺した。軍は日に三十里で休んだが、夜襲には迅速さが要るという文武の言に従って急ぎ、覇陵川へ攻め寄せた。

現代語訳全文

葛従周、長安に敗報を奏す

存孝は十八騎の将校を率い、葛従周を七日七夜、馬の足を止めずに追い、覇陵川の地を越えてそのまま長安城中へ追い込んだ。夜を日に継いで長安へ逃げ帰った葛従周は皇城に入り、黄巣に奏上した。勅命を奉じて黄河に屯し李克用の二十八鎮諸侯の軍を防いでいたこと、孟絶海に班翻浪・彭白虎を付けて河中へ出し敵情を探らせたところ、李克用配下の十三太保飛虎将軍李存孝が出戦し、二度の交戦で三将を失ったこと、その後克用が二十七鎮諸侯を率いて河岸に布陣し、李嗣源が営の南に、李存孝が営の北に陣営を構えて連日交戦し、存孝に無数の健将を討たれたこと、長安へ退いて指示を仰ごうとしたが張権が重ねて陣を布いて存孝を誘殺する計を立てたこと、しかし存孝は剛勇なうえ陣法にも通じていて陣を破り、まず張権を殺し、さらに四十八員の名将を殺して一気に攻め込んだため大敗したことを述べ、「後軍の報せでは敵は力を尽くして追撃し、すでに潼関を越え覇陵川の地に至っているとのこと。長安に入られれば防ぎきれません。早々にご処置を」と願い出た。黄巣は驚いて「ではどうすればよい」と言い、門を守る軍将に命じて長安の城門を固く閉じさせ、翌朝群臣を集めて議することとした。

永豊倉の焼き打ち

存孝は従周を追ううちに長安の城池を望んだが、それが長安とは知らず、葛従周が兵を率いて入城したのを見て十八騎とともに城内へ入った。見回して「よい城構えだが、どこの府郡だろう」と四将に言っていると、通りかかった住民に問いただし、「将軍はご存じないのか、ここは帝京長安の城中です」と答えられた。存孝は住民を放してやり、将校たちに「うっかり長安に迷い込んだ。もし一隊が囲んで弓弩を乱射すれば、十八騎は一塊になって死ぬぞ」とささやく。そして東西に駆け回るうち永豊倉の前に出ると、「ここは糧を蓄える所だ。まず賊の喉元を断とう」と言って一斉に火を放たせた。たちまち煙炎が空に上り、風が煽って火勢は激しく、長安城内は上も下も赤く照らし出された。

黄珪、火中に投ぜられる

黄巣が群臣と議しているところへ、李存孝の兵が入城して戌字の永豊倉に火を放ったと急報が入る。巣が「誰か兵を率いて存孝を捕らえ、火を消す者はいないか」と問うと、班中から御弟黄珪が「臣が兵を率いて火を救い、ついでに存孝を捕らえましょう」と奏した。巣は「御弟が力を尽くしてくれるなら、渾紅馬一匹と羽林軍三千を賜ろう」と言う。黄珪は謝恩して午門を出、武装して馬に乗り存孝を捜しに向かった。その際、皇城の門番に「錠は下ろすな。存孝を捕らえたらすぐ戻る」と言い置いた。

火勢が激しく必ず救援の兵が来ると見た存孝は、街路を探して城を出ようとした。ところが乗馬が鼻から血を流し、乗れる状態でなくなる。日も暮れて途方に暮れていると、灯火がきらめき無数の人馬が一将を擁して現れた。その将は宝を嵌めた三叉紫金冠をかぶり、珠を嵌めた鎖子黄金甲を着け、猩々の血で染めた絳紅の袍に金の翅雕を織り出し、白玉の帯を締めて背に虎頭牌を挿し、左の袋に雕弓を挿し、右の箙(えびら)に硬箭を詰め、丈二の鉄桿槍を握り、赤鬼紅鬃馬にまたがっていた(詩:黄珪のいでたち)。存孝はその馬を見て「よい馬だ、馬を届けに来たぞ」と幾度も誉めた。四将が「まだあちらの馬です」と言うと、存孝は「じきにわしの乗る馬になる」と答える。四将が見てもまことに駿足であった。火に照らされたその五名の駒は竜が飛ぶかと疑うほど稀なもので、四肢は白雪を踏むように銀を帯び、全身は血を吹いたように赤く、千里を追う風のごとき値もつけられぬ名馬が残唐の世に主を得たのは天が英雄に与えたものであり、その英雄が巣賊を掃討して唐室の基を定めるのだと讃えられる(詩:五名の駒)。

黄珪が進み出て「お前は何者だ」と問うと、存孝は「われは大唐飛虎将軍十三太保李存孝。お前こそ名を名乗れ」と返す。黄珪が「われは大斉皇帝の御弟黄珪」と答えるや叉で突きかかったが、存孝は叉を払いのけ、片手で黄珪をつかんで火の中へ投げ込み、たちまち赤い亀のように焼けただれさせた。もう一方の手で五名馬を引き寄せて跨がり、「よい駿馬を手に入れた。闇夜で長安の門が見つからぬ。兄弟たちはわしについて来い。この馬を先に歩かせ、手綱を任せて行く先に従おう」と言った。

五鳳楼で黄巣を射る

この馬は正陽門を覚えていて、存孝を正陽門まで運んだ。門番は人馬の鑾鈴の音を聞いて「大王が存孝を捕らえて帰られたに違いない」と門を大きく開けた。暗闇の中、存孝はそこが皇城とは気づかず長安の城門と思い込み、開いた門を出て「兄弟たち、門を開けてくれた者がいる、出られるぞ」と呼びかけた。将校たちは手綱を締めてぴたりと従い、五鳳楼の前まで来る。皇城下は篝火がきらめいており、存孝は目を凝らして「長安の城外なら民家の茅屋か荒野の小道のはずだ。どうしてこんな彫り梁と絵の柱があるのか」と言い、整然と並ぶ両脇の軍列に向かって「ここはどこだ」と大声で問うた。

その頃、黄巣は文武百官とともに高みから火を眺め、黄珪の報せを待っていた。五鳳楼前の騒ぎを聞いて左右が「大王はまだお戻りにならぬのに、存孝の人馬が楼下まで攻め込んできました」と申し上げる。巣は足踏みして驚き、策を問うた。文武は「この者に敵する者はおりませぬ。招安して極品の官職を封じるほかに退かせる手はありません」と答える。巣は自ら見下ろして「唐主は無道で賢良を知らぬ。お前がむなしく功を立てて何になる。将軍が朕に従うなら高官を選び放題だ」と呼びかけた。存孝は答えず、将校たちに「巣の姿を見た以上、この機を逃すな。お前たちが話で引きつけている間に、弓を取ってこの賊を一矢で射殺す。それで万全の功だ、斬り合う要はない」と言う。安休休が「我らを帰順させたいなら、どんな官職を封ずるのか申せ」と呼ばわると、巣は「そなたら兄弟はみな並肩一字王に封じよう」と答えた。その言葉が終わらぬうちに、存孝は弓を取って矢をつがえた。五鳳楼前の威容の中、英雄の誤入は万全の策ではなかったが、その神威に敵する者はなく、まず一矢が天を衝く巨賊黄巣を射たと詠まれる(詩:五鳳楼の一矢)。

矢は黄巣の平天冠に当たり、巣は驚いて昏倒した。文武が助け起こすと矢は冠の頂に刺さっているだけで、巣は死んではいなかった。しばらくして息を吹き返した巣は目を見開いて「この賊め、憎い」と言い、「各門に兵一万と健将十員を増やし、城門を固く守ってこの賊を捕らえよ。八つ裂きにして朕の恨みを晴らす」と勅を下した。左右はただちに兵を増し将を選んだ。

李罕芝・傅存審の帰順

存孝は黄巣が矢に当たったのを見て死んだと思い、将校を率いて皇城を出たが、兵を増し将を選べという号令と喊声が絶えないのを聞き、「巣賊は死んでいなかったか、かえって門を守る兵を増やしたな」と言う。安休休が「我らは数人、敵は多勢だ。どうして相手にできよう。空が白みかけた今のうちに城を出ましょう」と勧め、存孝も同意して急ぎ進んだ。すると二将が兵を率いて行く手を阻む。存孝が「来る将は何者だ、行く手を阻むか」と叱ると、先頭の将は「わが名は李罕芝」、もう一将は「わが名は傅存審」と答えた。罕芝が「お前は李存孝ではないか、命を受けて捕らえに来た」と言うので、存孝は怒って馬を進めた。罕芝が渾鉄棒で打ちかかると存孝はその棒を握り止め、罕芝は存孝の総鉄造りの矛を奪おうとしたが揺るがせもできない。存孝は罕芝の鉄棒がかなりの重さで扱われているのを見て、この男も好漢であり傷つけてはならぬと考え、畢燕檛で棒を一撃し、その響きで罕芝の親指と人差し指の股を裂いた。罕芝が棒を捨てて身をかわすと、存孝は棒をひねって桶の箍のように丸め、地に投げ捨てた。二将は存孝の勇猛ぶりを見て馬を下り、「太保将軍、我ら二人は進んで降ります」と拝した。存孝は「まことの心ならば、二人と八拝の義兄弟の契りを結ぼう。どうして軽んじようか」と応じ、二将は大いに喜んで拝謝した。存孝は馬を下りて鉄棒を拾い、手で撫でて元の真っ直ぐな形に戻し、罕芝に返してやった。二将は三千の軍馬を率いており、存孝の十八騎と合流して光太門へ向かった。存孝が先頭に立って門に至ると、まだ錠が開いていない。手を伸ばして一つかみで錠を二つに断ち切り、城門を大きく開いて全軍を呼び、一気に長安城外へ突き出した。鉄桶のように丸められた棒、たちまち二将と三千の兵が降ったこと、長安に弓矢がなかったわけではなく天が英雄を祐けて万全を得させたのだと詠まれる(詩:天祐の万全)。

鄧天王を生け捕り、放つ

存孝の人馬が進んでいると、物見の兵が「黄桑店に鄧天王の人馬が道を塞いでいます」と報じた。存孝は「この賊のために長安まで走り回る羽目になったのに、こんな所にいたか」と怒る。鄧天王の側にも「先日河中府で孟絶海を生け捕りにした将軍が戦いを挑んでいます」と報告が入った。鄧天王は「人の生死は天数のうちだ。ここは前に出て相対するしかない」と言い、槍を取って馬に乗り陣前に出た。存孝が見ると鄧天王は身の丈一丈五尺、紫金冠をかぶり黄金甲をまとい、蜂紅の袍を着て黒鷲の弓を張り、狼牙箭を幾本も挿し、駱駝ほどもある黄驃馬にまたがり、二丈四尺の画桿方天戟を手にして、天神が降り立ったか陸地の金剛かと見える姿であった(詩:鄧天王のいでたち)。

存孝が「お前はわしに化けて兄の陣営を襲った者だな」と叫ぶと、鄧天王は「その通りだ」と答える。存孝が「おとなしく馬を下りて死を受けよ」と言うと、鄧天王は怒って戟で突きかかった。存孝は戟を払い、「奸賊どこへ行く」と一喝し、旗も馬も空しく戻るばかりで、鄧天王を生きたまま馬上に引き寄せた。その様は痩せた豺狼が白額の虎を引き倒し、海東青が大きな白鳥を叩き落としたかのようであった(詩:豺狼と白額虎)。

存孝は鄧天王を陣中に連れ帰り、六将に首を斬って父王に見せよと命じた。すると鄧天王は声をあげて泣く。存孝が「大の男が死を怖がるのか」と問うと、天王は「この泣くのは死を怖れてではない。二つ心残りがあるゆえだ」と答える。何かと問われ、「第一に家に八十歳の老母がいるのに、黄金をまだ櫃に納めてやっていない。第二に己の技がまだ不十分で、方天戟をひとふり広げただけで太保に捕らえられてしまった」と申し述べた。存孝が出身を問うと「曹州の者だ」と答える。存孝は「今日は命を助けてやる。黄巣に従うのはやめ、まっすぐ曹州へ帰れ。一つには八十の老母に仕え、二つには技を修めきってからわしに会いに来い」と言い、兵に命じて武具一式を返させた。鄧天王は存孝に拝して暇を告げ、馬に乗って曹州へ帰っていった。

晋王、覇陵川に進む

晋王は二十七鎮の諸侯とともに黄河の陣にあって、葛従周が陣を布いて存孝に破陣を約したこと、存孝がその陣を突き破って無数の名将を殺し、さらに葛従周の営を攻め破って従周が長安へ逃げ、存孝が人馬を率いて追っていったことを聞き知った。晋王は驚いて周徳威に「敵が大敗し、存孝が孤軍で追っているのに、我らの大軍がここに長居してよいものか」と言う。徳威は「存孝は勇猛ゆえ無事でしょうが、やはり後詰めが要ります。この破竹の勢いに乗れば、長安の回復も期日を定められましょう」と答えた。晋王は二十七鎮の諸侯に令を伝え、それぞれ支度して陣を払った。号砲一声で大軍は営を離れて黄河を渡り、昼は進み夜は宿してほどなく覇陵川に至り、そこに営を据えて存孝の動静を待った。

存孝も六将と三千の人馬を率いて黄桑店を発ち、覇陵川に着くと父王の大軍がここに屯しているのを知り、営前に至って拝謁した。晋王が「わが子、この間どこへ行っていた」と問うと、存孝は「鄧天王を捕らえるため長安まで一走りしてきました」と答える。功があったかと問われ、存孝は語った。黄河を渡って耿彪をひねり殺し、崔受を投げ殺し、張竜を追い詰めて死なせ、李虎を撲殺し、長蛇陣を破って張権を殺し、巣の将四十三員を誅し、魏南三県を得、潼関を奪い、覇陵川を取り、十八騎で誤って長安に入り、戌字の永豊倉を焼き、五名馬を奪い、巣の弟黄珪を投げ殺し、正陽門から攻め入って五鳳楼まで迫り、黄巣を一矢射て、傅存審・李罕芝を味方に収め、光太門を破り、黄桑店で鄧天王を生け捕りにした――これがこの行の次第だが功になりましょうか、と。諸侯は「どれも並ぶもののない功だ」と言い、晋王は大いに喜んで祝宴を設けた。

黄巣の親征と道人の宝剣

黄巣は李存孝が長安を突き破って出て以来ひどく恐れ憂えていた。翌朝、殿に上って尚譲・斉克譲・傅景様・傅道昭・辺彦随・柳彦璋・葛従周ら文官・武官の諸臣を急ぎ召し、「朕は李存孝に城中まで攻め込まれ、倉廩を焼かれ、御弟黄珪を殺され、五鳳楼前まで迫られて一矢を射かけられ、それでようやく引き揚げていった。あの者が城を出て李克用や各鎮の諸侯と合流して攻めてくれば禍は小さくない。どうすべきか」と諮った。葛従周は「臣に一計があります。聞けば李晋王は大軍を率いてすでに覇陵川に陣し、朝夕酒宴にふけるばかりで軍務を整えず、軍に規律がなく士卒も緩んでいるとのこと。主上が自ら大軍を率いて出征なされば、晋王は営中で酔いしれて備えもありますまい。夜に乗じて陣営を襲い、その拠り所を破ってから軍を整えて戦えば必ず全勝できます。御意はいかがでしょう」と奏した。巣は「朕が天下を得たのも卿の計によるもの。今日の計をどうして用いぬことがあろうか」と言い、大軍十万を点じ、鑾駕を整え、日を定めて文武の官を従え御駕親征に出た。金瓜が並び鉄斧が連なり方天画戟が列をなし、竜鳳の繍旗が隊をなして旗旄旌節が緑と紅に翻り、玉鐙雕鞍が珠翠に囲まれ、飛竜の傘は青雲紫霧を散らし、飛虎の旗は瑞靄祥煙をめぐらせ、左に文官、右に武将が並び、天子の位を偽り称する身ながら宰臣の班まで偽って列ねたと描かれ、巣自身は沖天転角明金の襆頭をかぶり、日月雲肩九竜の繍袍を着て、金箱宝嵌玲瓏の玉帯を締め、双金顕縫雲根の朝靴を履いていた(詩:偽帝の行列)。

黄巣が長安の道に出たところ、黄衣を着て拐棒を手にした一人の道人が道を塞いで立った。駕に従う卒校が叱って追い払おうとしても退かない。巣の駕が近づくと道人は「黄巣、わが宝剣を長年使ってきたな。今日は返してもらおう」と言った。巣が怒って「軍校、この者を捕らえよ」と命ずると、道人は拐棒を振り上げて巣を一打ちし、巣はたちまち倒れ伏した。道人は一陣の清風と化して去った。左右が助け起こし、しばらくして目を覚ますと、腰に佩びていた混唐宝剣が消えていた。巣は怒って左右の数人を打ち殺した。

長安を離れた軍馬は日に三十里進んでは休んだ。巣は文武に「朕が軍をゆるやかに進め早く休ませるのは力を養い、いざ陣に臨んで疲れぬようにするためだ」と言う。文武は「ごもっともですが、陣営を襲うには迅速さが要り、不意を突くのが肝要です」と答え、巣も「その通りだ」と言って軍馬を急がせ、覇陵川まで攻め寄せた。さてどうなるか、次回を聞かれたい。巣賊が李晋王を親征したものの、道人に剣を奪われたのは滅びの数が来たしるしであり、天は徳ある者を顧みて報いを明らかにする、強暴が長続きしたためしはないと詠まれる(詩:強暴は久しからず)。

評語

黄珪の骸を火に焼き、矢を黄巣の冠に貫いたその勇は言うまでもない。傅存審・李罕芝を降して義兄弟の契りを結び、鄧天王を放って老母を養わせた。なんと孝にして義であることか。敬服し、羨むばかりである。

原文(底本)
話說存孝帶領一十八騎將校,望著從周,追趕七日七夜,馬不停蹄,過了霸陵川地面,逕趕進長安城中。且說葛從周,星夜奔走入長安,進皇城,慌忙奏上黃巢曰:「臣奉我主敕命,屯兵黃河,拒住李克用二十八鎮諸侯人馬,臣遣孟絕海領班翻浪、彭白虎,先領一軍往河中索戰,探聽敵兵虛實,不想李克用部下十三太保飛虎將軍李存孝出戰,兩番交戰,損卻三將,敗軍方才回報,又被克用帥二十七鎮諸侯,一擁至河岸安營調遣。李嗣源領兵對臣營南立寨,李存孝領兵對臣營北立寨,連日交鋒,被存孝殺死健將無數。臣欲退入長安,奏請主上計處,張權再三定計,佈陣賺殺此人。豈知存孝十分剛勇,兼通陣法,將臣陣勢打破,當先殺了張權,復殺四十八員名將,驅兵一掩,我軍措手不及,以此大敗。臣今逃命奔回,聞得後軍報說,隨後盡力追臣,畢竟搶過潼關,至霸陵川地界,若入長安,決難抵敵,乞主上早早區畫,慎勿遲延。」

  黃巢聽得大驚曰:「似此如之奈何?且傳旨令守門軍將,把長安城門緊閉,待明早宣集群臣商議。」

  且說存孝追趕從周,望見長安城池,亦不曉是長安,只說葛從周領兵入城,與十八騎將校,也逕入城中,舉頭一看,回顧四將曰:「這座城子卻好,但不知是何府郡?」正話間,有一居民至前,存孝喝聲問曰:「此城是何府郡?」民答曰:「將軍原來不識,此是帝京長安城中。」存孝聽罷,放開居民,私與將校曰:「不覺誤至長安,倘有一支兵來圍住,弓弩亂射,十八騎人馬,豈不死作一團?」言畢,與眾將校東衝西撞,行至永豐倉前,存孝曰:「此是屯糧之所,不如先斷賊兵咽喉。」遂令將校,一齊放火,焚燒倉廒。須臾之間,煙燄騰空,風狂火烈,長安城內,照見上下通紅。

  黃巢正與群臣商議,忽報李存孝兵入城中,放火燒著戌字永豐倉。巢急宣問:「誰敢領兵擒拿存孝,滅此火!」班中御弟黃珪奏曰:「臣敢領兵救火,就擒存孝。」巢曰:「御弟肯與出力,聯賜卿一匹渾紅馬,羽林軍三千。」珪謝恩出了午門,即披掛上馬,領兵來尋存孝,吩咐皇城守門軍,不必下鎖,待吾擒得存孝,即便回來。

  且說存孝與眾將校,看見火勢猛烈,必有軍兵宋救,思尋街道出城。忽然存孝坐下戰馬,鼻流鮮血,如何騎得?存孝見了大慌曰:「怎生是好?天色已晚。」正忙迫間,見燈光閃爍,人馬無數,簇擁著大將一員,怎生打扮,但見:

    頭戴嵌寶三叉紫金冠,身披嵌珠鎖子黃金甲,

    襯著那猩猩血染絳紅袍,袍上班班錦織金翅雕,

    腰繫白玉帶,背插虎頭牌。

    左邊袋內插雕弓,右手壺中攢硬箭,

    手中掿丈二鐵桿槍,坐下赤鬼紅鬃馬。

  卻說李存孝見了那馬,連誇數聲:「好馬!送馬的來了!」四將說:「現在還是他的。」存孝說:「不移時就是我騎的。」四將看那馬,端的高駿。有詩為證:

    火中照見五名駒,恍若龍飛實罕希,

    四足襯銀蹅白雪,渾身噀血染紅脂。

    追風千里原無價,遇主殘唐信有時,

    天賜英雄非小可,掃除巢賊奠皇基。

  黃珪近前唱曰:「你是何人?」存孝曰:「吾乃大唐飛虎將軍十三太保李存孝也!你乃何人?可通姓名。」黃珪應曰:「我本大齊皇帝御弟黃珪!」言罷,拍馬拈叉就刺,被存孝逼開叉,一手拿過黃珪,望火裡一摔,登時變作紅龜;一手抓過五名馬,翻身上馬,叫曰:「我今已得駿馬!黑夜尋不見長安門,眾兄弟跟著俺來,待俺把這馬放在前面走,信馬游韁,隨馬到那裡。」原來這馬認得正陽門,把存孝馱到正陽門來。守門人聽人馬鑾鈴響,叫快開門,守門軍士說:「必是大王擒得存孝回來!將門大開。存孝黑暗之中,又不覺是皇城,只疑是長安,城門開了,出得城去。乃喚眾將校曰:「兄弟快來!有人開城,可以出去!」眾將聽得,各個勒韁,緊緊隨著,已至五鳳樓前,皇城下虛炬輝煌,存孝睜目觀看,與眾將曰:「若是長安城外,不過居民茅房草屋,或是荒郊野徑,焉有此雕樑畫棟?」兩邊軍伍,擺列整齊,大聲問曰:「這是那裡?」

  且說黃巢同文武官員,正在此高處觀望救火,急候黃珪消息,顧問左右,猛然聽得五鳳樓前喧鬧,左右忙啟曰:「大王倒未見回,存孝人馬反殺進樓下,怎生是好?」巢頓足大驚,問曰:「卿等何計可施?」文武曰:「此人誰可抵敵?我主只可招安,封他極品官職,方才得退。」巢親自望下呼存孝曰:「唐主無道,不識賢良,爾何枉立功勞,將軍若肯順聯,任選高官!」存孝聽得,亦不答話,回顧將校曰:「今已見巢,不可錯過,爾等哄他說話,待吾取出弓來,一箭射死這賊,萬全之功,何用廝殺?」安休休遂呼巢曰:「你等既要吾等歸順,封何官職?便可說。」巢曰:「爾眾兄弟,俱封並肩一字王。」言未畢,存孝取弓在手,搭箭當弦。有詩為證:

    五鳳樓前勢儼然,英雄誤入策非全,

    神威信是無人敵,一箭先教射巨天。

  卻說存孝一箭,射中黃巢的平天冠,黃巢一時驚倒,昏悶在地,文武各官扶起,只見一箭拴在冠頂之上,巢卻未死。被此一驚,半晌方蘇,睜目顧眾文武曰:「此賊可恨!」即傳旨曰:「每門添軍一萬,健將十員,牢把城門,擒拿此賊,萬剮凌遲,以雪朕恨!」左右領旨,隨即傳令,添兵選將,不在話下。

  且說存孝,望見黃巢中箭,疑是已死,領眾將校出了皇城,但聞出令,添兵選將,喊聲不絕。存孝曰:「原來巢賊未死,倒反添兵守門。」安休休曰:「我等數人,彼眾我寡,焉能對敵?趁今天色微明,快出城去!」存孝曰:「爾言正是!」方與眾將速行,忽有二將領兵攔阻去路。存孝喝曰:「來將何人?敢攔去路!」為首一將答曰:「吾名李罕芝!」又一將曰:「吾名傅存審!」罕芝曰:「爾莫非李存孝麼?吾正奉命拿你!」存孝大怒,拍馬向前,罕芝就使渾鐵棒,望存孝打來。存孝攢住鐵棒,罕芝便奪存孝渾鐵搠,卻搖不動。存孝見罕芝鐵棒,使得頗重,便覺此人亦是好漢,不可傷害,只將畢燕檛棒上一擊,震破罕芝手虎口,罕芝丟棒躲開,存孝將棒一扭,扭成桶箍,丟於地下。二將看見存孝,果然英勇,下馬便拜曰:「太保將軍,吾二人情願歸降。」存孝曰:「既是真心,吾與二位八拜交結,何敢相輕?」二將大喜拜謝,存孝遂下馬來拾起鐵棒,用手一熨,依然挺直,付與罕芝。原來二將部領三千軍馬,便與存孝十八騎,合為一處,遙望光太門來。存孝一馬當先,行至門邊,尚未開鎖,舉手一抓,將鎖打為兩截,大開城門,招呼眾將人馬,一湧衝出長安城外。

  逸狂詩曰:

    抾棒渾如鐵桶圓,立降二將卒三千,

    長安非是無弓箭,天祐英雄獲萬全。

  卻說李存孝人馬正行間,哨馬報道:「黃桑店有鄧天王人馬阻路。」存孝怒曰:「我為這賊,往長安跑了一遭,卻在這裡!」人報鄧天王曰:「當日在河中府,生擒孟絕海的將軍,在此索戰!」鄧天王說:「為人生死,自有天數,此時只得向前對陣。」綽槍上馬,來到陣前。時存孝看見鄧天王,身高丈五,披掛十分齊整:

    戴一頂紫金冠,披一副黃金甲,穿一領蜂紅袍,彎一張皂雕弓,插幾支狼牙箭,坐下駱駝大的黃驃馬,使的是二丈四尺畫桿方天戟。恍忽天神下降,猶如陸地金剛。

  存孝高叫曰:「來將莫非假裝我劫俺大哥的營寨者麼?」

  鄧天王答曰:「然也!」存孝曰:「好生下馬受死!」鄧天王大怒,拍馬挺戟就刺,被存孝逼開戟,喝聲:「奸賊走哪裡去?」只見旌旗戰馬空歸去,活捉天王過馬來。又好似:

    瘦豺狼攀翻了一隻白額虎,海東青墜落了一個貼天鵝。

  那時,存孝把鄧天王拿到營中,叫六將把他斬了首級,見我父王。鄧天王放聲大哭。存孝說:「你這大漢,如何怕死?」天王道:「我這一哭,非是怕死,我只因有兩件事不足,故此大哭。」存孝問:「是那兩件事不全?」鄧天王告曰:「我第一件,家有八十歲的老母,黃金未曾入櫃;第二件,是我本事不全,方天戟略展一展,就被太保所擒。」存孝問曰:「你是那裡人氏?」天王答曰:「我是曹州人。」存孝曰:「我今饒你性命,你休要順黃巢,逕回曹州去,一來侍奉你八旬老母,二來把你本事學全了來見我。」遂令軍士取披掛還他。鄧天王拜辭了存孝,上馬逕回曹州去了。

  卻說晉王,與二十七鎮諸侯,在黃河營中,打聽得葛從周布成陣勢,約令存孝打陣,被存孝衝破陣勢,殺死無數名將,又攻破葛從周營寨,從周逃命,逕奔長安,存孝亦領人馬,隨後趕去。晉王當下聽得大驚,與德威曰:「敵既大敗,存孝孤軍追趕,吾等大軍,豈可在此久停?」德威曰:「存孝英勇,雖然無事,亦須接應,乘此破竹之勢,長安克期可復矣!」晉王遂即傳令二十七鎮諸侯,各個收拾,拔寨起程。一聲炮響,大軍便離營寨,過黃河,曉行暮宿,不覺早至霸陵川,即令安營駐紮,以待存孝動靜。

  且說存孝亦與六將並三千人馬,自離黃桑店,行到霸陵川,聞知父王大隊軍馬於此安營屯紮,逕至營前拜見。晉王問曰:「吾兒你這一嚮往哪裡去?」存孝答曰:「兒為尋拿鄧天王,往長安跑了一遭。」晉王又問曰:「你有功無功?」存孝曰:「聽兒說來。兒自過黃河,扭死耿彪,摔死崔受,逼死張龍,打死李虎,破長蛇陣,殺死張權,誅巢將四十三員,得了魏南三縣,搶了潼關,奪了霸陵川,一十八騎人馬,誤入長安,火燒戌字永豐倉,復奪五名馬,摔死巢弟黃珪,殺進正陽門,直抵五風樓,射了黃巢一箭,又收傅存審、李罕芝,打破光太門,兵到黃桑店,活捉鄧天王,這都是此行事跡,不知是功否?」

  眾諸侯曰:「這都是沒遮擋的功!」晉王大喜,即令排宴賀功,不在話下。

  且說黃巢,自李存孝衝出長安,甚是憂懼。次早升殿,急宣尚讓、齊克讓、傅景樣、傅道昭、邊彥隨、柳彥璋、葛從周兩班文武商議曰:「朕被李存孝趕進城中,燒燬倉廒,殺死御弟黃珪,至五風樓前射朕一箭方退去。今出城,若見了李克用,與各鎮諸侯合兵來攻,為禍不小,將如之何?」葛從周奏曰:「臣有一計,今聞李晉王統領大隊軍馬,已在霸陵川安營,日夕只是飲酒為樂,並不整理軍務,軍無約束,士卒懈擔臣保我主,親統大軍,率將出征,晉王昏醉營中,必無準備,我軍乘夜劫寨,破他棲址,再整軍兵廝殺,必獲全勝。但不知主上意見如何?」巢曰:「朕有天下,亦是用卿計取,今日之計,豈不信用?」傳旨點起大軍十萬,安排鑾駕,剋日帶領文武眾官,跟隨御駕親征。但見:

    金瓜密布,鐵斧齊排,方天畫戟成行。龍鳳繡旗作隊,旗旄旌節,一攢攢綠舞紅飛;玉鐙雕鞍,一簇簇珠圍翠繞。飛龍傘,散青雲紫霧;飛虎旗,盤瑞靄祥煙。左侍下一代文官,右侍下滿排武將,雖是妄稱天子位,也須偽列宰臣班。頭戴一頂沖天轉角明金襆頭,身穿一領日月雲肩九龍繡袍,腰繫一條金箱寶嵌玲瓏玉帶,足穿一對雙金顯縫雲根朝靴。

  黃巢方才出得長安道上,忽一道人,身穿黃衣,手執拐棒,當道而立,跟駕卒校喝逐不退。待巢駕至近前日:「黃巢!爾用吾寶劍多年,今日可還吾去。」巢怒,喝令:「軍校捉下!」道人舉起拐棒,望巢一打,巢即僕地,道人化陣清風而去。

  左右扶起黃巢,半晌方醒,腰間不見混唐寶劍。巢怒,擊殺左右數人。離了長安,軍馬日行三十里歇息,與眾文武曰:「朕軍緩行,早歇者欲養力,臨陣不致疲倦耳!」文武曰:「我主所見極是,但劫營須要迅速,又宜出其不意。」巢曰:「然!」遂令軍馬趨行,趕到霸陵川。未知如何?且聽下回分解。

  逸狂詩云:

    巢賊親征李晉王,道人奪劍數當亡,

    皇天眷德分明報,強暴何曾得久長。

  卓吾子評:

  火爇珪骸,箭穿巢頂,不必言其勇,降收傅、李為相契,放鄧天王而歸養其母,抑何其孝且義也,敬服敬羨!

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