殘唐五代史演義傳第二十七回 劉知遠、梁の兵と大いに戦う (劉知遠大戰梁兵)
要約
息を吹き返した朱温は激怒し、朱景竜を先鋒に三十万と名将二百員を起こして同台へ向かわせた。岳彦真は世子まで殺して大軍を招いたと存訓を罵ったが、知遠は自分が防ぐと言った。官軍校尉の武伯寧が千の人馬で出陣したが数合で斬られ、景竜は城下まで攻め寄せた。
彦真は知遠を出馬させた。景竜と三十余合戦った知遠は偽って敗走し、追う景竜に鎧の帯紐を投げ掛けて縛り、生け捕って城内へ入った。風雨で両軍は収兵し、翌日出た副先鋒の李凱には景竜の首を掲げて見せ、十合で斬り落とした。梁兵は大敗して三十里退いた。
葛従周が、同台の西の兵の少ない陣営を今夜襲って奪い、両方から挟み撃ちにせよと献じ、朱温は尚譲・斉克譲・葛従周・李彦洪・柳彦璋・傅道昭の六将と馬歩軍二万で夜通し小路から進発した。知遠の忠告で彦真は副将の銭元振・趙徳・謝豹・華亮を西営の守りに向けた。
梁兵は西営の柵を奪い中の兵は逃げ散ったが、四更過ぎに銭元振が西門から斬り込み、敗軍が戻ったと思った朱温は自ら迎えて乱戦となる。夜明けに知遠の軍が来ると朱温は陣営を捨てて逃げ、前方の知遠に葛従周と尚譲でも支えきれない。北の山では岳存訓と向慎之、南では彦真が畢竜・戚豹を従えて塞いだ。
矢が降る中、朱温が救いを叫ぶと濮州の龐師古、字は希賢が八十斤の流星錘二つを提げて躍り出、甲を脱いで朱温を覆って抱え、矢中を進んで射手を錘で撃ち落とし、馬に飛び乗って乱れ衝いて救い出した。追いついた知遠を、西から救援に来た鄧季筠が受け止め、黄昏の大雨で双方は軍を引いた。朱温は師古を領兵都尉に取り立てた。この数日、梁兵は知遠に十七陣破られた。
酒肉の労いを受けた知遠は歎き、大丈夫の志は国家を定めて覇を成すことだと言い、剣を打ち鳴らして奸臣佞宰の首を斬りたいと歌った。その夜、机に伏して眠る知遠の体を赤い光が覆うのを娘の玉英が見つけて父に告げ、彦真は自ら確かめて、帝王の気象だから秘密にせよと言い含めた。翌日、彦真は酒を備えて功を祝い、十六歳の娘玉英を妻にどうかと切り出す。知遠は貴賤が釣り合わぬと辞したが、朱温に当たれる英雄は足下のほかないと言われて謝し、その日のうちに二人は夫婦となって花燭の宴が設けられた。
現代語訳全文
朱温の同台出兵
朱温は知遠が友珍を殺したと聞いて気を失い、しばらくしてようやく息を吹き返した。諸将が口々に慰めると、朱温は激怒し、諸将よ我に力を貸せ、即日兵を起こして同台を攻め、必ず討ち滅ぼして念願を遂げると言った。朱景竜を先鋒とし、その日のうちに三十万の兵と名だたる将二百員を起こして同台へ向かわせ、城邑を踏み平らげて劉皓を生け捕りにせずにはおかぬと意気込んだ。
武伯寧の出撃と戦死
同台の岳彦真は、知遠が朱友珍を斬って王鐸の令嬢を奪い返したと知って肝を潰し、さらに朱温の人馬が来ると聞いて存訓の不肖を罵った。お前が令嬢を奪い取っただけならまだしも、なぜ相手の世子まで殺し、大軍を率いて仇討ちに来させたのか、どうやって敵するのかと。知遠は、ご心配には及ばぬ、もともと自分が招いた禍だから、大軍が来れば自分が防ぎ、大人のお手を煩わせぬと言った。すると階下から一将が進み出て、先鋒が出るまでもない、自分が一度出馬すれば必ず朱温を生け捕りにすると申し出た。見ればそれは官軍校尉の武伯寧であった。彦真は大いに喜び、伯寧に千の人馬を授けた。伯寧は城を出て十五里ほど進むと、砂塵の立つ中に朱温の人馬が現れ、陣を張った。武伯寧は刀を横たえ馬を立て、陣前で、朱温の逆賊はゆえなく兵を起こして境を侵すとは何の道理かと罵った。朱温の将朱景竜は怒って答えもせず馬を飛ばして陣前に出る。伯寧が刀を構えて迎えたが、数合と戦わぬうちに景竜の刀が振り下ろされ、伯寧は馬下に斬られた。景竜は敗走する軍を追い討ちにして斬り伏せながら、城下まで攻め寄せた。
劉知遠の出馬
岳彦真は驚いて劉知遠を出馬させ、自身は城楼に登って戦いを眺めた。知遠は馬を駆り、背後に数百人が付き従って城を出た。火のような纓を撒いた錦の兜に双鳳の翅を立てた照天盔をかぶり、緑の絨に紅錦を重ねた連環鎖子の甲をまとい、翠の縁取りに珠を縫い込んだ荔枝紅、金で縁取った戯獅の繍袍を着、金葉を裏に敷き玉玲瓏をあしらった双獺尾、紅鞋釘の𧓦螭帯を締め、金糸を散らした海驢皮に胡桃紋を置き緑を刷いた雲跟の靴を履き、紫檀の柄に泥金の鞘、竜角を張った弓面に虎筋の弦を掛けた宝雕弓を携え、紫竹の幹に朱紅の扣、鳳尾の羽を付けた狼牙金点の銅矢を挿した箙(えびら)を懸け、七星を飾り沙魚の鞘に納めた、名剣竜泉に勝り巨闕を凌ぐ霜鋒剣を下げ、朱の纓を撒いた水磨の柄に竜呑の頭を付けた偃月造りの安漢刀を横たえ、よく山を登り澗を跳び、金の鞍を背負い玉の勒を揺らす黄驃馬に跨がっていた(詩:知遠の装束)。
朱景竜の生け捕りと李凱の敗死
朱景竜は若い大男が出て来たのを見て知遠と察し、軍士を一列に並べ、馬を立て刀を横たえて、来る将は劉知遠ではないかと問うた。知遠が、我が名を知りながらよくも敵対しに来たなと返すと、景竜は、公子の仇を報い汝の首を取りに来たのだと言った。両馬が交わり双方の刀が振るわれ、三十余合を戦ったところで知遠は偽って敗走した。景竜が馬を躍らせて追って来ると、知遠は馬を返して鎧を締める帯紐を投げ掛けて景竜を縛り上げ、生け捕って馬に乗せ、そのまま同台城内へ入った。黄昏近くに風雨が急に至り、両軍とも兵を収めて陣に帰った。翌日、朱温は副先鋒の李凱に軍を率いて出陣させ、知遠が迎え撃った。知遠は軍士に槍で朱景竜の首を陣前に掲げさせ、朱景竜の首はここに斬ってある、見えるかと大喝した。李凱は激怒して馬を躍らせ槍で突きかかったが、十合戦ったところで知遠の一刀に馬下へ斬り落とされた。残る兵はことごとく散り、知遠が追い討ちをかけたので梁兵は大敗し、三十里退いて営を構えた。知遠は兵を収めて城に入った。
葛従周の夜襲の策と西の陣営の備え
二陣続けて敗れた朱温は諸将を集めて相談した。葛従周が、今日山に登って同台の西を見たところ、兵の多くない陣営が一つある、今夜は我が軍が二度負けたので相手は備えを怠るはず、兵の半分を率いてそこを襲うがよい、陣営を奪えば彦真の軍は必ず怯えるから両方から挟み撃ちにするのが上策だと献じた。朱温はこれに従い、尚譲・斉克譲・葛従周・李彦洪・柳彦璋・傅道昭の六将を従え、馬歩軍二万を選んで夜通し小路から進発した。一方、彦真が陣で軍をねぎらっていると、劉知遠が、西の陣営は要所ゆえ朱温に襲われては穏やかでないと述べた。彦真は、二陣も負けた相手がどうして来られようかと言ったが、知遠は、朱温に謀はなくとも配下の葛従周らは用兵に長けているから、無備を衝かれるのを防ぐべきだと説いた。彦真はもっともだとして、副将の銭元振・趙徳・謝豹・華亮を西の陣営の守りに差し向けた。
西の陣営の夜襲と朱温の包囲
梁兵が西の陣営に至ると果たして兵は少なく、四面から突入して陣営の柵を奪い、中の兵は四方へ逃げ散った。四更過ぎ、銭元振が軍を率いて西門から斬り込んだ。朱温は敗軍が戻って来たものと見て自ら人馬を率いて迎え、ちょうど銭元振と出会って両軍は入り乱れて戦った。夜が明けようとする頃、真西で鼓の音が大きく鳴り、知遠の軍馬がまた来たと報が入る。朱温は陣営を捨てて逃げ、背後から銭元振・趙徳・謝豹が馬を躍らせて追った。前方には知遠が馬を飛ばして現れ、葛従周と尚譲が二人がかりでも支えきれず、朱温は北の山へ逃げた。ところが山の背後から一隊が現れ、左に岳存訓、右に向慎之がいる。朱温は斉克譲と柳彦璋に当たらせたが不利であった。朱温が南へ逃げると喊声とともにまた一隊が現れ、彦真自らが陣に臨み、畢竜・戚豹の二副将を従えて行く手を塞いだ。
龐師古の救出
四面八方を囲まれ、諸将はみな後方で死に物狂いの戦いをしている。朱温は先頭に立って陣を破ろうとしたが、合図の拍子木が鳴ると矢が驟雨のように乱れ飛んできた。朱温は急ぎ引き返したものの脱する術がなく、誰か我を救えと叫んだ。すると騎馬隊の中から一将が躍り出た。濮州の人、姓は龐、名は師古、字は希賢である。馬を躍らせ、重さ八十斤の流星錘二つを提げ、主公ご安心あれと叫ぶと、馬を下りて甲を脱ぎ、それで朱温の体を覆い、左手で抱え込んで徒歩のまま、頭を低くして矢の中を進んだ。同台の軍で射の巧みな数十騎が近づいてくると、流星錘を飛ばして撃ち、一人が落馬した。矢も一つとして外れず、みな逃げ散った。師古は引き返して馬に飛び乗り、二つの鉄錘を提げて乱れ衝いて出た。彦真も畢竜も戚豹も防ぎきれずそれぞれ逃げ、龐師古は敵軍を追い討ちにして斬り伏せ、朱温を救い出した。鑌鉄の双錘は八十斤、同台城外にその功を顕し、希賢が主を救ったことは天下に知れ渡った、勇猛にして真っ先に駆ける第一の人物であると後人は詠じている(詩:師古の救主)。
鄧季筠の援軍と十七陣の敗北
師古が朱温を救って陣へ帰る道を探していると、日が暮れかかる頃、背後で喊声が上がった。劉知遠が追いついて、逆賊逃げるなと叫ぶ。この時、人馬は疲れ果て口から煙が出るほどで、互いに顔を見合わせて逃げようとするばかりであった。朱温が慌てていると西から一隊が来る。見れば鄧季筠が新手の兵を率いて救援に来たのであり、知遠を受け止めて激しく戦った。黄昏に大雨が注ぎ、双方とも軍を引いて別れた。朱温は陣に帰ると龐師古を厚く賞し、領兵都尉に取り立てた。この数日、梁兵は知遠に十七陣も打ち破られた。兵は退かなかったものの、城内の警備は行き届いて万に一つの隙もなかった。
知遠の歎きと紅光の瑞兆
その日、勝って営に帰った知遠のもとへ、彦真が人をやって酒肉を届けさせ労をねぎらった。知遠は愕然として歎息し、大丈夫がこの世に処する志は国家を定めて覇を成すことにある、どうして酒肉を求めようか、血戦を幾度も経ながら寸ほども進めず、いつになったら志を伸ばせるのかと言った。そして剣を打ち鳴らし、浩然の気は天を衝いて斗牛を貫く、社稷をひとつに平らげ収めたい、いつ風雲の会に巡り合い、奸臣佞宰の首を斬れるのかと歌った(詩:知遠の志)。その夜、知遠は寝つけず、起きて帳内で灯をともして書を読んでいたが、疲れを覚えて机に伏し、雷のようないびきをかいて眠り込んだ。ちょうどその頃、彦真の娘の玉英が侍女と夜更けに邸を出て月を歩いていると、陣内に一条の赤い光がきらめくのが見えた。二人は火事かと疑って近寄ると、一人の将士がそこで熟睡しており、果たして赤い光がその体を覆い、いびきは雷のようであった。
岳彦真の見極めと知遠の婚姻
二人は驚いて急いで屋敷に戻り、父に告げた。父は自分で見に行こうと言って確かめ、果たしてその通りであった。戻って玉英に、知遠は数日の戦に疲れて熟睡しているのだ、かねてよりたびたび並外れた能を示しており、まことに帝王の気象である、今夜のことはお前と自分だけが知るところとして決して漏らしてはならぬと言い含め、その夜はそれぞれ休んだ。翌日、彦真は酒を備えて知遠の功を祝った。酒が半ばまで進むと彦真は、今日のこの酒はもっぱら足下のために設けたもので、一つ実を明かしたいことがある、たびたび足下の働きに与りながら報いるものがない、自分には玉英という年十六の娘がいるので足下の妻としたいが如何かと切り出した。知遠は、自分は一介の小卒、大人は朝廷の元臣であり、令嬢を末の兵卒に配するのは貴賤が釣り合わぬというもの、どうして望めましょうと辞した。彦真は、今朱温の逆賊に当たれる英雄は足下のほかにない、我らの命はみな足下に懸かっている、どうか辞退なさるなと言い、知遠は跪いて謝し、そこまで仰るなら犬馬の労をもって報いたいと応じた。彦真は大いに喜び、娘の玉英を呼んでその日のうちに知遠と夫婦とし、花燭の宴を設けて舅と婿は心ゆくまで歓を尽くした。この後のことがどうなるかは、次回に語られる。戦い疲れて営に帰り深く眠るその人こそ真竜であって、紅光紫霧がその身を覆っていた、玉英はその非凡の相を望み見、父の岳彦真も帝王の容があると知って驚いた、酒を備えて縁談を持ちかけて智勇に酬い、娘を娶わせて奇功に報いた、同台が豪傑を見抜かなかったら奸臣賊子の鋒先にどうして敵えたか、と逸狂が詠ずる(詩:真竜の姻縁)。
評語
卓吾子曰く、劉知遠は続けざまに梁兵を十七陣も破り、わずかに息を入れたところを、岳玉英が一目見て真竜と見抜いた。この姻縁の巧みな符合は、天の取り合わせというほかない。
原文(底本)
朱溫聽得知遠殺死友珍,氣得半晌方醒,眾將皆在面前勸諭。溫大怒曰:「眾將可助吾一力,即日起兵,攻打同臺,定要剿滅,方遂我願。」溫遣朱景龍為先鋒,即日起兵三十萬,名將二百員,逕上同臺,恨不得踏平城邑,生擒劉皓。 卻說同臺岳彥真閏知知遠殺了朱友珍,奪了小姐,驚得魂不附體。又聽得朱溫人馬到來,大罵存訓不肖,既搶小姐,也自罷了,如何又殺他世子,令彼引大勢人馬報仇,怎麼與他對敵?知遠曰:「大人勿慮,原是我惹來的禍,大兵一到,吾自擋之,不勞大人之力。」階下一將應聲出曰:「不須先鋒出戰,只用某出馬一次,定擒朱溫!」彥真視之,乃官軍校尉武伯寧。 彥真大喜,遂命伯寧帶一千人馬。驟然出城,約行十五里,望見塵埃起處,朱溫人馬早到,卻才擺開陣勢。武伯寧橫刀立馬,陣前大罵口:「朱溫逆賊,無故興兵犯界,是何道理?」溫將朱景龍大怒,更不答話,飛馬直臨陣前。伯寧挺刀來迎,兩下戰不數合,景龍手起刀落,砍伯寧於馬下,追殺敗軍,直至城下。 岳彥真聽知大驚,便叫劉知遠出馬,彥真自登城樓觀看。 見知遠縱馬,背後數百人,簇擁知遠出城。看他怎生打扮,但見: 戴一頂纓撒火、錦兜鍪、雙鳳翅照天盔;披一副綠絨穿、紅錦套嵌連環鎖子甲;穿一領翠沿邊、珠絡縫、荔枝紅、圈金繡戲獅袍;係一條襯金葉、玉玲瓏、雙獺尾、紅鞋釘𧓦螭帶;著一雙簇金線、海驢皮、胡桃紋、抹綠色雲跟靴;彎一張紫檀靶、泥金鞘、龍角面、虎筋弦寶雕弓;懸一壺紫竹桿、朱紅扣、鳳尾翎、狼牙金點銅箭;掛一口七星妝、沙魚鞘、賽龍泉、欺巨闕霜鋒劍;橫一把撒朱纓、水磨桿、龍吞頭、偃月樣安漢刀;騎一匹快登山、能跳澗、背金鞍、搖玉勒黃驃馬。 朱景龍見一少年大漢出馬,情知是知遠,把軍士一字擺開,景龍立馬橫刀問曰:「來將莫非劉知遠否?」知遠曰:「既知吾名,焉敢來此對敵?」景龍曰:「特來報公子之仇,取汝首級!」言罷,兩馬相交,雙刀並舉,鬥上三十餘合,知遠詐敗便走,景龍躍馬趕來,被知遠回馬,撒起勒甲縧,束住景龍,活擒過來,放在馬上,逕人同臺城內。將近黃昏,風雨驟至,兩邊各自收兵歸寨。次日,朱溫遣副先鋒李凱引軍出陣,知遠臨陣迎敵。令軍士用槍挑朱景龍首級於陣前,厲聲大叫曰:「朱景龍的頭已砍在此,汝等見否?」李凱大怒,躍馬挺槍,直取知遠,兩馬相交,戰到十合,被知遠一刀砍於馬下。餘兵盡皆走散,知遠掩殺,梁兵大敗,退至三十里安營,知遠於是收軍入城。 卻說朱溫輸了二陣,請眾將商議。葛從周曰:「某今日上山,觀同臺之西,有一寨約無多軍,今夜彼將謂我軍連敗二陣,必不準備,可引兵一半劫之。若劫得寨,彥真之軍必懼,兩下夾攻,此為上策。」溫從其言,帶尚讓、齊克讓、葛從周、李彥洪、柳彥璋、傅道昭六員大將,選馬步軍二萬,連夜從小路迸發。卻說彥真在營搞軍,劉知遠曰:「西寨是個緊要去處,倘或朱溫襲之,不當穩便。」彥真曰:「彼今輸了二陣,如何敢來?」知遠曰:「溫雖無謀,部下葛從周等,極能用兵,須防他攻其無備。」彥真曰:「此言極當!」遂撥副將錢元振、趙德、謝豹、華亮來守西寨。 卻說梁兵到西寨,果然兵少,四面突入,奪了寨柵,中兵四散奔走。四更以後錢元振引軍殺入西門,朱溫見敗軍復來,自領人馬來迎,正逢錢元振,兩軍混戰。將及天明,直西鼓聲大振,人報知遠軍馬又到,朱溫棄寨而走,背後錢元振、趙德、謝豹躍馬趕來。當頭知遠飛馬來到,葛從周、尚讓雙戰不住,溫望北山而走。山背後一彪軍出,左有岳存訓,右有向慎之,溫命齊克讓、柳彥璋敵之,不利。溫望南而走,喊聲大振,一彪軍出,彥真親自臨陣,帶領畢龍、戚豹二副將,攔住去路。 朱溫見四面八方圍定,眾將皆在後面死戰,溫當先衝陣,梆子響處,箭如驟雨,亂射將來。朱溫急回,無計可脫,大叫曰:「誰人救我!」馬軍隊裡,一將踴出,乃濮州人也,姓龐名師古表字希賢,躍馬提二流星錘,重八十斤,大叫:「主公勿慮!」下馬脫甲,遮覆溫體,左手挾定步行,低頭冒箭而去。同臺之軍,能射者數十騎,近前飛流星錘擊之,一人墜馬,箭無虛發,眾皆奔走。師古復回,飛身上馬,提二鐵錘亂衝出來。彥真、畢龍、戚豹,皆不能擋抵,各自逃生,龐師古趕殺眾軍,救出朱溫。後人有詩為證: 鑌鐵雙錘八十斤,同臺城外顯功勛, 希賢救主聞天下,勇猛當先第一人。 師古救了朱溫,尋路歸寨,看看天色傍晚,背後喊聲大振。 劉知遠趕來,大叫:「逆賊休走!」此時人馬困乏,口內生煙,面面相覷,各欲逃生。溫心正慌,西上一彪軍到,溫視之,乃鄧季筠,引生力軍來救,接住知遠大戰。黃昏大雨如注,各自引軍分散。溫回寨,重賞龐師古,加為領兵都尉。是時,梁兵數日被知遠殺敗一十七陣,兵雖不退,而城內關防周密,萬無一失。當日,知遠得勝回營,彥真差人齎酒肉搞賞知遠。知遠愕然歎息曰:「大丈夫處世,志在國王定霸,豈圖酒肉乎?雖經血戰數場,不能寸進,何日得展其志也!」乃鼓劍作歌曰: 浩氣沖天貫斗牛,要將社稷一平收, 何時得際風雲會,定斬奸臣佞宰頭。 是夜,知遠睡臥不安,起來帳內秉燭看書,自覺神思困倦,伏几而臥,鼾睡如雷。時彥真一女,名曰玉英,與一使女,乘夜出院步月,忽然望見營內紅光一道,閃爍耀目,二人疑為火發。近前視之,乃一將士熟睡於此,果然紅光罩體,鼾聲如雷。 二人吃了一驚,急忙轉歸私宅來,告知其父。父曰:「待我自去看他。」視之果是。歸對玉英曰:「知遠數日戰倦,故此熟睡,向來累有異能,真帝王氣象。今夜之事,只你我知之,不可漏泄。」是夜各自安歇。 次日,彥真備酒,為知遠賀功,酒至半酣,彥真曰:「今日此酒專為足下而設,某有一事,今以實告。累蒙足下建功,無以補報,某有一女,名曰玉英,年方二八,願與足下為妻,未知意下如何?」知遠曰:「某乃一小卒,大人乃朝廷元臣,以令愛而配末卒,正所謂貴賤不伴,某安敢望此?」彥真曰:「今敵朱溫逆賊,別無英雄,惟足下耳!某等之命,皆賴足下,望乞匆辭!」知遠跪謝曰:「誠如此,願當犬馬之報。」彥真大喜,喚女玉英與知遠當日成親,更命安排花燭筵席,翁婿盡情歡宴,不在話下。欲知後事如何,且聽下回分解。 逸狂詩曰: 戰倦回營睡正濃,紅光紫霧罩真龍, 玉英望見非凡相,岳使驚知有帝容。 備酒講姻酬智勇,結緣事女報奇功, 同臺不是知豪傑,怎敵奸臣賊子鋒。 卓吾子評: 劉知遠連敗梁兵一十七陣,聊假少息,岳玉英一見而知為真龍。姻緣巧合,豈非天湊歟!
訳文の誤りにお気づきの場合はお問い合わせからお知らせください。