十七史百將傳巻二 趙 廉頗

現代語訳

Kindle版『現代語訳 十七史百將傳 1 巻一〜巻五』(全2巻の第1巻)として出版する予定です。

要約

廉頗は趙の良将である。齊を伐って大いに破り、晉陽を取り、上卿に任じられ、勇気をもって諸侯の間に名を知られた。

藺相如も上卿に任じられ、その位は廉頗の右にあった。廉頗は、自分は城を攻め野に戦った大功があるのに、相如は口先だけで位が上にあり、その下にいることには堪えられないと言い、会ったら必ず辱めてやると公言した。相如は顔を合わせようとせず、朝廷では病と称して並びの順を争わず、遠くに廉頗を見かけると車を引き返させた。

舎人たちが、高い義を慕って仕えているのに廉君の悪口に畏れて隠れると言って暇を願い出た。相如は引き止め、あの秦王の威勢をもってしても自分は朝廷で叱りつけたのに、どうして廉将軍ひとりを畏れよう、ただ強い秦が趙に兵を加えないのは我ら二人がいるからで、国家の急を先にして私の仇を後にするのだと言った。

廉頗は肌ぬぎになって荊を背負い、賓客の取り次ぎで藺相如の門に至り、将軍の寛大さがここまでとは知らなかったと謝した。ついに打ち解けあい、首を刎ねられても悔いないほどの交わりを結んだ。

この年、廉頗は齊を攻めてその二軍を破り、二年たって齊の幾を抜き、のちに魏の防陵・安陽を抜いた。

孫子は言う、令が日ごろから行われている者は衆とよく相得る、と。廉頗が趙人を用いようと思ったのは、これである。

原文(底本)
廉頗者,趙之良將也。伐齊,大破之,取晉陽,拜為上卿,以勇氣聞於諸侯。藺相如者,趙人也,拜為上卿,位在廉頗之右。廉頗曰:"我為趙將,有攻城野戰之大功;而藺相如徒以口舌為勞,而位居我上。且相如素賤人,吾羞,不忍為之下。"宣言曰:"我見相如,必辱之。"相如聞,不肯與會。相如每朝時,常稱病,不欲與廉頗爭列。已而,相如出,望見廉頗,相如引車避匿。於是舍人與相諫曰:"臣所以去親戚而事君者,徒慕君之高義也。今君與廉頗同列,廉君宣惡言而君畏匿之,恐懼殊甚。且庸人尚羞之,況於將相乎?臣等不肖,請辭去。"藺相如固止之曰:"公之視廉將軍孰與秦王?"曰:"不若也。"相如曰:"夫以秦王之威,而相如廷叱之,辱其群臣。相如雖駑,獨畏廉將軍哉!顧吾念之:強秦之所以不敢加兵於趙者,徒以吾二人在也。今兩虎共鬥,其勢不俱生。吾所以為此者,以先國家之急而後私仇也。"廉頗聞之,肉袒負荊,因賓客至藺相如門,謝罪曰:"鄙賤之人,不知將軍寬之至此也。"卒相與歡,為刎頸之交。是歲,廉頗東攻齊,破其二軍。居二年,復伐齊幾,拔之。後攻魏之防陵、安陽,拔之。

孫子曰:"令素行者,與眾相得。"頗之思用趙人是也。