東周列國志第十五回 雍大夫、計って無知を殺す/魯の荘公、乾時で大いに戦う (雍大夫計殺無知 魯莊公乾時大戰)

管夷吾と鮑叔牙の交わり

  • さて、管夷吾は字を仲といい、容貌魁偉、気性はさわやかで鋭く、あらゆる典籍に通じ、古今の事に精通し、天地を経営する才、世を救い時局を治める策を備えていた。
  • 鮑叔牙と共に商いをしていた頃、利益を分ける段になると、夷吾はいつも一倍多く取った。鮑叔の従者はこれを不平に思ったが、鮑叔は「仲は取るに足らぬこの金を貪っているのではない。家が貧しく暮らしが立たぬから、私が自ら譲っているだけだ」と言った。
  • また兵を率いて出征するたびに、いつも後陣についていき、退却の際にはいつも先頭に立った。多くの者がその臆病さを笑ったが、鮑叔は「仲には老母がいて、その身を保って養おうとしているのだ。本当に戦いを恐れているわけではない」と言った。
  • また鮑叔とともに事を計るたびに、立てた計がしばしば思惑どおりに運ばなかった。鮑叔は「人には巡り合わせというものがある。仲がもし時運に恵まれれば、百に一つも失敗はしないであろう」と言った。
  • 夷吾はこれを聞いて嘆じて言った。「我を生んだのは父母であるが、我を知るのは鮑叔である。」こうして生死を共にする交わりを結んだ。

公子糾・小白の傅役と亡命

  • ちょうど襄公諸兒が即位した頃、長子を糾といい魯の女が生んだ子、次子を小白といい莒の女が生んだ子であった。どちらも庶出であったが、すでに成人しており、傅役を立ててこれを補導させようとした。
  • 管夷吾は鮑叔牙に「君の二人の子は、いずれ跡継ぎとなるのは糾か小白のどちらかである。我と汝とがそれぞれ一人ずつを傅せば、跡継ぎが決まった日には互いに推挙し合おう」と言った。叔牙はこれに賛同した。
  • そこで管夷吾は召忽と共に公子糾の傅となり、叔牙は公子小白の傅となった。
  • 襄公が文姜を禚に招いて会おうとした時、叔牙は小白に言った。「君は淫乱をもって国人の物笑いになっている。今のうちに止めれば、まだ取り繕うことができよう。これ以上往来が続けば、まるで堤が決壊するように溢れ広がってしまう。子は必ず諫言せよ。」
  • 小白は果たして入って襄公を諫めた。「魯侯の死には、いろいろ煩わしい噂が立っております。男女間の疑わしいことは、避けねばなりません。」
  • 襄公は怒り「小僧が何を口出しするか」と言い、足で蹴りつけた。小白は急いで退出した。
  • 鮑叔は「私は聞いております。『尋常でない淫らな行いをする者には、必ず尋常でない禍いがある』と。私はあなたと共に他国に行き、後の機会を待ちましょう」と言った。
  • 小白は「どこの国に行けばよいか」と尋ねた。鮑叔は「大国は喜怒が定まらず不向きです。莒に行くのがよいでしょう。莒は小国でありながら斉に近い。小国であればこちらを侮ることもなく、近ければ朝夕にも帰れます」と言った。小白は「よかろう」と言い、そこで莒国へ出奔した。襄公はこれを聞いても追い戻そうとはしなかった。
  • 公孫無知が位を篡奪すると、管夷吾を召そうとした。夷吾は「この輩の首はすでに危ういのに、なおも人を巻き込もうというのか」と言い、召忽と共に相談し、魯が公子糾の母の実家であることから、糾を奉じて魯へ亡命した。魯の荘公はこれを生竇の地に住まわせ、毎月扶持米を送った。

雍廩の計略

  • 魯の荘公十二年の春二月、これは斉の公孫無知の元年にあたる。百官が朝の賀のため皆朝房に集まったが、連称・管至父の二人が公然と上座に居座っているのを見て、誰もが皆怨みと憤りを抱いていた。
  • 雍廩は人心が二人に付いていないことを知り、わざと「魯から来た客の話では『公子糾が魯の兵を率いて斉を伐とうとしている』とのことです。皆さんはお聞きになりましたか」と言った。諸大夫は皆「聞いていない」と答えた。雍はそれ以上何も言わなかった。
  • 朝が退いた後、諸大夫は互いに約束し合い、皆雍廩の家に集まって、公子糾が斉を伐つという話について問いただした。
  • 雍廩は「皆さんはこの事をどう思われますか」と言った。東郭牙は「先君は無道であったとはいえ、その子に何の罪がありましょうか。我らは日夜その帰還を待ち望んでおります」と言った。諸大夫の中には涙を流す者もいた。
  • 雍廩は言った。「私が膝を屈しているのに、まさか人の心が無いはずがあろうか。実はうまく取り繕いながら機会をうかがっているのだ。皆さんが助力してくださるなら、共に弑逆の賊を除いて先君の子を改めて君に立てる、これこそ義挙ではないか。」
  • 東郭牙が策を問うと、雍廩は言った。「高敬仲(高傒)は代々国に仕える世臣の家柄で、もとより才望があり、人々の信望を得ている。連称・管至父の二賊にとって、彼のひと言の推挙を得ることは千鈞よりも重く、それが得られぬのを残念がっているほどだ。もし敬仲が酒宴を設けて二賊を招けば、必ず喜んで赴くであろう。私は公子糾出兵の知らせを口実に、じかに公孫無知に報告する。彼は愚かで勇もない。そばに近づいたところを不意に刺し殺せば、誰が救おうか。その後、烽火を上げて合図とし、門を閉じて二賊を誅する。難しいことではない。」
  • 東郭牙は「敬仲は悪を憎むこと甚だしいとはいえ、国のために自ら身を貶めることは、決して惜しまないはずだ。私が必ず取り付けよう」と言い、雍廩の策を高傒に告げた。高傒はこれを承諾した。
  • ただちに東郭牙に連称・管至父の二家へ意を伝えさせると、二人は期日どおりにやってきた。
  • 高傒は杯を執って言った。「先君は多くの点で失政がありましたが、老夫は日々国の滅亡を憂いておりました。今幸いに大夫方が新君を立ててくださり、老夫もまた家廟を守ることができております。以前は老病のため朝廷に出仕できませんでしたが、今は幸い体調も少し良くなりましたので、特に一献を用意し、私恩に報い、あわせて子孫のことをお託ししたく存じます。」
  • 連称と管至父はしきりに恐縮して辞退した。高傒は幾重にも連なる門をことごとく堅く閉じさせ、「今日の酒宴は、存分に楽しまなければ終わらせません」と言い、門番にあらかじめ「他からの知らせは一切通すな。城中で烽火が上がるまでは、報告に来るな」と命じておいた。

公孫無知の誅殺

  • さて雍廩は懐に匕首を隠して宮門をたたき、無知に会うと「公子糾が魯の兵を率い、朝夕にも到着します。早めに応戦の策をお立てください」と申し上げた。
  • 無知は「国舅はどこにいるのか」と問うた。雍廩は「国舅は管大夫と郊外で酒を飲んでおられ、まだ戻っておられません。百官はすでに皆朝廷に集まり、もっぱら主公のご議事をお待ちしております」と答えた。
  • 無知はこれを信じ、朝堂に出て、まだ座も定まらぬうちに、諸大夫が一斉に押し寄せた。雍廩が背後から刺すと、血が座に流れ、たちまち息絶えた。数えれば、無知が君であった期間はわずか一か月余りであった。哀れなことである。
  • 連夫人(連妃)はこの変事を聞いて、宮中で首をくくって死んだ。
  • 史官の詩にこうある。(詩:ただ寵を得られぬ恨みから襄公に背いて無知に内通したのだが、まさか無知の寵も長続きしないとは思わなかった。一月夫人となったのも三尺の帛で終わり、いっそ寂しく空閨を守っていたほうがましだったのではないか、という趣旨)

連称・管至父の誅殺と後始末

  • そのとき、雍廩は人に命じて朝廷の外で狼煙を一筋上げさせ、その煙は空高く突き抜けた。
  • 高傒はまさに客をもてなしているところであったが、突然門外から板木を打つ音がして「外で烽火が上がりました」と報告があった。高傒はすぐに立ち上がり、奥へと去っていった。
  • 連称・管至父は不意を突かれ、なぜそのようなことになったかを問おうとしたところ、廊下に伏せていた壮士たちが突然躍り出て、二人を幾つにも斬り刻んだ。従者たちも身に寸鉄も帯びておらず、一時にみな命を落とした。
  • 雍廩は諸大夫たちと共に次々と高家に集まり、共に相談し、二人の心臓と肝を取り出して襄公の霊前に供えた。
  • 一方で人を遣わし、姑棼の離宮から襄公の遺骸を取り出させ、改めて手厚く棺に納めて安置した。もう一方で人を遣わし、魯国から公子糾を迎えて君に立てようとした。

魯の公子糾送り込みと小白の先着・即位

  • 魯の荘公はこれを聞いて大いに喜び、公子糾のために兵を興そうとした。施伯が諫めて言った。「斉と魯は互いに強弱を成しています。斉に君がいない今は、魯にとって好機です。どうか動かず、その変化を見守りましょう。」荘公は決めかねてためらった。
  • 折しも夫人文姜は、襄公が弑逆されたことから祝邱を離れて魯に帰っていたが、日夜その子に兵を興して斉を伐ち、無知の罪を討ってその兄の仇を報じるよう勧めていた。
  • 無知が誅殺され、斉から使者が来て公子糾を君に迎えるとの知らせを聞くと、この上ない喜びようであった。糾を君にすることに固く定め、荘公に出発を促した。
  • 荘公は母の命に迫られ、施伯の言葉に従わず、自ら戦車三百乗を率いて出発し、曹沫を大将とし、秦子・梁子を左右に配し、公子糾を護送して斉に入ろうとした。
  • 管夷吾は魯侯に「公子小白は莒におり、莒の地は魯より近いので、もし彼が先に入国すれば、主客の立場が逆転してしまいます。どうか私に良馬をお貸しください。先に行って途中で阻みましょう」と言った。
  • 魯侯は「甲卒はどれほど要るか」と尋ねた。夷吾は「三十乗で十分です」と答えた。
  • さて公子小白は国が乱れて君がいないと聞き、鮑叔牙と相談し、莒子から兵車百乗を借りて護送されて斉へ帰ろうとした。
  • こちら管夷吾は兵を率いて昼夜駆け続け、即墨まで来たところで、莒の兵がすでに先を通り過ぎたことを知り、後を追った。さらに三十余里進むと、莒の兵が車を停め食事を作っているところに出くわした。
  • 管夷吾は小白が車の中に端座しているのを見て、進み出て一礼し「公子はご無沙汰しております。今どちらへ参られますか」と言った。小白は「父の喪に赴くところだ」と答えた。
  • 管夷吾は「糾は年長で、喪主を務めるのが道理です。公子は少しお待ちいただき、無理をなさらぬように」と言った。鮑叔牙は「仲よ、退がれ。それぞれ自分の主のために動いているのだ。多くを言う必要はない」と言った。
  • 夷吾は莒の兵が目をいからせ怒気を見せているのを見て、争いになれば多勢に無勢と恐れ、承知したふりをして退いた。
  • そして俄かに弓を引き絞り、矢をつがえ、小白を狙い、ひゅうと放った。小白は大声を上げて、口から鮮血を吐き、車の上に倒れた。
  • 鮑叔牙は急いで駆け寄って助けようとし、従者たちは皆「大変だ」と叫び、一斉に泣き出した。管夷吾はあの三十乗の兵を率いて、鞭を打って走り去った。
  • 夷吾は道中で「子糾に運があった、これで君となるべき運命だ」と嘆じた。帰って魯侯に復命し、酒を酌み交わして子糾のために祝った。この時、皆すっかり安心し、道々の邑長たちが食べ物を献上してもてなしたので、ゆるゆると進んだ。
  • ところがこの矢は実は小白の帯鉤(帯留め)に命中しただけであった。小白は夷吾の腕前を知っており、また射られることを恐れ、とっさの機転で舌先を噛み切って血を吐き倒れたふりをした。鮑叔牙さえも欺かれてしまった。
  • 鮑叔牙は「夷吾は去ったが、また来るかもしれない。この旅を遅らせてはならない」と言った。そこで小白に着物を変えさせ、温かい車に乗せて、間道を通って急いで走らせた。
  • 臨淄が近づくと、鮑叔牙は単身先に城中に入り、諸大夫を一人一人訪ねて、公子小白の賢明さを盛んに称えた。
  • 諸大夫は「子糾がまもなく到着する、これをどう処するか」と尋ねた。鮑叔牙は「斉は君を二代続けて弑逆によって失っている。賢者でなければ乱を鎮められない。しかも子糾を迎えたのに小白が先に着いたのは、これぞ天意である。魯君は糾を送り込んできたが、その報酬を求める気持ちは並大抵ではあるまい。かつて宋が子突を立てた時のように、際限のない賄賂を求められ、兵禍が数年にも及んだ。我が国はただでさえ多難を経てきたのに、魯の要求にどうして耐えられようか」と言った。
  • 諸大夫は「それでは魯侯にはどう対処すればよいか」と尋ねた。叔牙は「我らにはすでに君がある。魯は自ずと退くであろう」と言った。
  • 大夫の隰朋と東郭牙は声をそろえて「叔の言葉は正しい」と言った。
  • こうして小白を城内に迎え入れて即位させた。これが桓公である。
  • 髯翁は帯鉤の事だけを詠んだ詩を残した。(詩:魯公は喜んだが莒人は悲しんだ、誰が思っただろうか、たかが帯鉤に矢が命中しただけのことで結果が変わろうとは。だがこの一時の機転を見れば、諸侯を治める智略の持ち主であることが分かる、という趣旨)

斉軍の出陣と伏兵の配置

  • 鮑叔牙は「魯の兵がまだ到着しないうちに、あらかじめ止めるべきだ」と言い、仲孫湫を遣わして魯の荘公を出迎えさせ、すでに君が立ったことを告げさせた。
  • 荘公は小白が死んでいないことを知り、大いに怒って「長幼の序で君を立てるのが道理だ。小僧が何で君になれようか。孤は空しく三軍を退かせることなどできぬ」と言った。
  • 仲孫湫は帰って報告した。斉の桓公は「魯の兵が退かなければどうするか」と尋ねた。鮑叔牙は「兵をもってこれを拒みましょう」と言った。
  • そこで王子成父を右軍の将とし寧越を副とし、東郭牙を左軍の将とし仲孫湫を副とした。鮑叔牙は桓公を奉じて中軍を率い、雍廩を先鋒とした。戦車は合わせて五百乗であった。
  • 布陣が定まると、東郭牙が進み出て言った。「魯君は我らに備えがあることを警戒し、必ず深追いはしないでしょう。乾時は水と草に恵まれた地、兵を駐屯させるにふさわしい所です。もしそこに伏兵を置いて待ち、不意を突けば必ず破ることができましょう。」
  • 鮑叔牙は「よかろう」と言い、寧越と仲孫湫それぞれに本隊を率いさせ、分かれて伏せさせた。王子成父と東郭牙には別の道から魯兵の背後に回らせた。雍廩には戦いを仕掛けて敵をおびき出させることとした。

乾時の戦い

  • さて魯の荘公は公子糾と共に乾時に至り、管夷吾が進み出て言った。「小白は即位したばかりで人心がまだ定まっておりません。速やかにこの機に乗じるべきです。必ず内変が起きるはずです。」
  • 荘公は「仲の言うとおりならば、小白はとうに射殺されているはずではないか」と言った。そして乾時に陣を張るよう命じた。魯侯は前に陣を敷き、子糾は後方に陣を敷き、二十里ほど離れていた。
  • 翌朝早く「斉軍がすでに到着し、先鋒の雍廩が戦いを挑んでいる」との知らせが入った。魯の荘公は「まず斉軍を破れば、城中の者たちも自然と肝を冷やすであろう」と言った。
  • そこで秦子・梁子とともに戦車を進め、雍廩を呼びつけて「そなたは弑逆の賊を誅する謀の首謀者として、我に君を求めた。それが今また心変わりするとは、信義はどこにあるのか」と責め、弓を引いて射ようとした。
  • 雍廩はわざと恥じ入ったふりをして、頭を抱えて逃げ出した。荘公は曹沫にこれを追わせた。雍廩は車の向きを変えて戦うが、数合と経たぬうちにまた逃げ出した。
  • 曹沫は追撃をやめず、平生の勇を奮い立たせ、画戟を提げて追ったが、鮑叔牙の大軍に取り囲まれてしまった。曹沫は重囲の中に深入りし、左右に突き進んだが、身に二本の矢を受け、死力を尽くして戦い、ようやく脱出した。

魯軍の敗走

  • さて魯将の秦子・梁子は曹沫が危ういのではと恐れ、まさに呼応して救援に向かおうとしていた。突然左右で砲声が一斉に轟き、寧越と仲孫湫の両路の伏兵が一斉に起こり、鮑叔牙は中軍を率いて壁のように押し寄せた。
  • 三方から挟撃され、魯の兵は防ぎきれず、次第に散り散りになった。
  • 鮑叔牙は「魯侯を捕らえた者には、万戸の邑を賞として与える」と令を発し、軍中に大声で触れさせた。
  • 秦子はすぐに魯侯の刺繍のある黄色い旗を取って地に伏せ、梁子はそれをまた取って自分の車に立てた。秦子がその理由を尋ねると、梁子は「これで斉軍を欺くつもりだ」と答えた。
  • 魯の荘公は事態が急を告げているのを見て、戦車から飛び降り、別に軺車に乗り換え、身をやつして逃げた。秦子はぴったりと付き従い、重囲を切り抜けた。
  • 寧越は繍旗を見つけ、下の道に伏せていたが、それを魯君と思い込み、幾重にも軍を回して包囲した。梁子は兜を脱いで顔を見せ、「我は魯の将である。我が君はすでに遠くへ去っている」と言った。
  • 鮑叔牙は斉軍が全面的な勝利を得たと知り、鉦を鳴らして軍を収めた。仲孫湫は戎輅(魯君の乗り物)を献上し、寧越は梁子を献上した。斉侯は軍前でこれを斬るよう命じた。
  • 斉侯は王子成父・東郭牙の両路の兵がまだ帰還していなかったため、寧越と仲孫湫を乾時に留めて駐屯させ、大軍は先に凱旋した。

魯軍の撤退と汶陽の田の喪失

  • 一方、管夷吾らは輜重を管理して後陣にいたが、前陣の敗戦を聞き、召忽に命じて公子糾とともに陣を守らせ、自らはすべての戦車を率いて呼応して救援に赴いた。
  • ちょうど魯の荘公に出会い、兵を合わせた。曹沫もまた残兵を収めて逃げ戻った。数えてみると、十のうち七を失っていた。
  • 夷吾は「軍の士気はすでに失われた。ここに留まるべきではない」と言い、夜のうちに陣を撤して出発した。
  • 二日と経たぬうちに、突然行く手に戦車が現れた。それは王子成父と東郭牙が魯兵の背後に回った兵であった。
  • 曹沫は戟を提げて大声で叫んだ。「主公は急いでお進みください、私はここで死にます。」秦子を顧みて「そなたも助けてくれ」と言った。秦子は王子成父を迎え撃って斬り結び、曹沫は東郭牙を迎え撃って斬り結んだ。
  • 管夷吾は魯の荘公を守り、召忽は公子糾を守り、道を切り開いて進んだ。紅い袍を着た小将が魯侯を急追してきたので、荘公は一矢でその額を射抜いた。また白い袍を着た者が追ってきたが、荘公はこれも射殺した。斉の兵はやや退いた。
  • 管仲は輜重や甲冑・兵器、乗馬の類を惜しみなく道々に捨てさせ、斉兵に自由に奪わせて、ようやく脱出することができた。
  • 曹沫は左の二の腕にさらに一刀を受けたが、なお斉軍の兵を数多く刺し殺し、包囲を突破して逃れ出た。秦子は陣中で戦死した。
  • 史官は魯の荘公の乾時での敗北について、実に自ら招いたことだと論じ、詩にこう嘆いた。(詩:子糾はもとより仇の血筋なのに、なぜわざわざ兵を出して迎え入れようとしたのか。もし深い仇を天も許さぬと考えるなら、糾を助けるくらいなら無知を助けるほうがまだましであった、という趣旨)
  • 魯の荘公らは虎口を脱し、網から漏れた魚のように急いで逃げ走った。隰朋と東郭牙が背後から追い、汶水を越えて追撃し、魯の領内である汶陽の田をことごとく奪い取り、守備を置いて引き揚げた。魯人はあえて争わず、斉兵は大勝して帰った。

斉桓公の圧力と管仲・召忽の引き渡し要求

  • 斉侯小白は朝廷で百官の祝賀を受けた。鮑叔牙が進み出て「子糾は魯にあり、管夷吾・召忽が補佐しており、魯もこれを助けている。心配の種はまだ残っており、まだお喜びになるには早うございます」と言った。
  • 斉侯小白は「どうすればよいか」と尋ねた。鮑叔牙は「乾時の一戦で、魯の君臣は胆を冷やしております。臣が三軍を率いて魯の国境に圧をかけ、子糾の処罰を求めれば、魯は必ず恐れて従いましょう」と言った。斉侯は「寡人は国を挙げてそなたに任せよう」と言った。
  • 鮑叔牙は車馬を選び整え、大軍を率いてまっすぐ汶陽に至り、国境を明らかにした。公孫隰朋を遣わし、魯侯に書を届けさせた。書にはこうあった。
  • 「外臣鮑叔牙、百拝して魯の賢侯殿下に申し上げます。家に二人の主人はなく、国に二人の君はありません。わが君はすでに宗廟を奉じておりますのに、公子糾はなお争奪を行おうとしており、これは君を二人立てぬという道義に反します。わが君は兄弟の情から、あえてこれを手にかけることを忍びず、上国のお手をお借りしたいと存じます。管仲と召忽は、わが君の仇でございます。どうかこの二人をお引き渡しいただき、わが君がこれを受けて太廟で誅することをお許しくださいますよう。」
  • 隰朋は出発に際して、鮑叔牙にこう言い含められた。「管夷吾は天下の奇才である。私は君(桓公)に申し上げ、いずれ召し用いるつもりだ。必ず死なせぬようにせよ。」
  • 隰朋は「もし魯がこれを殺そうとしたらどうしましょう」と尋ねた。鮑叔は「ただ帯鉤を射た事を持ち出せば、魯は必ず信じるであろう」と言った。隰朋は「かしこまりました」と言って出発した。
  • 魯侯は書を受け取ると、すぐに施伯を召した。どのように相談したかは、次回を見られよ。
原文(底本)
卻說管夷吾字仲,生得相貌魁梧,精神俊爽,博通墳典,淹貫古今,有經天緯地之才,濟世匡時之略。與鮑叔牙同賈,至分金時,夷吾多取一倍。鮑叔之從人心懷不平,鮑叔曰:「仲非貪此區區之金,因家貧不給,我自願讓之耳。」又曾領兵隨征,每至戰陣,輒居後隊,及還兵之日,又為先驅。多有笑其怯者。鮑叔曰:「仲有老母在堂,留身奉養,豈真怯鬥耶?」又數與鮑叔計事,往往相左。鮑叔曰:「人固有遇不遇,使仲遇其時,定當百不失一矣。」夷吾聞之,嘆曰:「生我者父母,知我者鮑叔哉!」遂結為生死之交。

  值襄公諸兒即位,長子曰糾,魯女所生,次子小白,莒女所生,雖皆庶出,俱已成立,欲為立傅以輔導之。管夷吾謂鮑叔牙曰:「君生二子,異日為嗣,非糾即白。吾與爾各傅一人。若嗣立之日,互相薦舉。」叔牙然其言。於是管夷吾同召忽為公子糾之傅;叔牙為公子小白之傅。襄公欲迎文姜至禚相會。叔牙謂小白曰:「君以淫聞,為國人笑,及今止之,猶可掩飾。更相往來,如水決隄,將成泛溢,子必進諫。」小白果入諫襄公曰:「魯侯之死,嘖有煩言。男女嫌疑,不可不避。」襄公怒曰:「孺子何得多言!」以屨蹴之。小白趨而出。鮑叔曰:「吾聞之:『有奇淫者,必有奇禍』。吾當與子適他國,以俟後圖。」小白問:「當適何國?」鮑叔曰:「大國喜怒不常,不如適莒。莒小而近齊,小則不敢慢我,近則旦暮可歸。」小白曰:「善。」乃奔莒國。襄公聞之,亦不追還。及公孫無知篡位,來召管夷吾。夷吾曰:「此輩兵已在頸,尚欲累人耶?」遂與召忽共計,以魯為子糾之母家,乃奉糾奔魯。魯莊公居之於生竇,月給廩餼。

  魯莊公十二年春二月,齊公孫無知元年,百官賀旦,俱集朝房,見連管二人公然壓班,人人皆有怨憤之意。雍廩知眾心不附,佯言曰:「有客自魯來,傳言『公子糾將以魯師伐齊。』諸君聞之否?」諸大夫皆曰:「不聞。」雍遂不復言。既朝退,諸大夫互相約會,俱到雍廩家,叩問公子糾伐齊之信。雍廩曰:「諸君謂此事如何?」東郭牙曰:「先君雖無道,其子何罪?吾等日望其來也。」諸大夫有泣下者。雍廩曰:「廩之屈膝,寧無人心?正欲委曲以圖事耳。諸君若能相助,共除弒逆之賊,復立先君子,豈非義舉?」東郭牙問計,雍廩曰:「高敬仲,國之世臣,素有才望,為人信服。連管二賊,得其片言獎借,重於千鈞,恨不能耳。誠使敬仲置酒,以招二賊,必欣然往赴。吾偽以子糾兵信,面啟公孫,彼愚而無勇,俟其相就,卒然刺之,誰為救者?然後舉火為號,闔門而誅二賊,易如反掌。」東郭牙曰:「敬仲雖疾惡如仇,然為國自貶,當不靳也。吾力能必之。」遂以雍廩之謀,告於高傒,高傒許諾。即命東郭牙往連管二家致意。俱如期而至。高傒執觶言曰:「先君行多失德,老夫日虞國之喪亡。今幸大夫援立新君,老夫亦獲守家廟。向因老病,不與朝班,今幸賤體稍康,特治一酌,以報私恩,兼以子孫為託。」連稱與管至父謙讓不已。高傒命將重門緊閉:「今日飲酒,不盡歡不已。」預戒閽人:「勿通外信,直待城中舉火,方來傳報。」

  卻說雍廩懷匕首直叩宮門,見了無知,奏言:「公子糾率領魯兵,旦晚將至,幸早圖應敵之計。」無知問:「國舅何在?」雍廩曰:「國舅與管大夫郊飲未回。百官俱集朝中,專候主公議事。」無知信之。方出朝堂,尚未坐定,諸大夫一擁而前,雍廩自後刺之,血流公座,登時氣絕。計無知為君,纔一月餘耳。哀哉!連夫人聞變,自縊於宮中。史官詩云:

    只因無寵間襄公,誰料無知寵不終。一月夫人三尺帛,何如寂寞守空宮?

  當時雍廩教人於朝外放起一股狼煙,煙透九霄。高傒正欲款客,忽聞門外傳板,報說:「外廂舉火。」高傒即便起身,往內而走。連稱管至父出其不意,卻待要問其緣故。廡下預伏壯士,突然殺出,將二人砍為數段。雖有從人,身無寸鐵,一時畢命。雍廩與諸大夫,陸續俱到高府,公同商議,將二人心肝剖出,祭奠襄公。一面遣人於姑棼離宮,取出襄公之屍,重新殯殮。一面遣人於魯國迎公子糾為君。

  魯莊公聞之,大喜,便欲為公子糾起兵。施伯諫曰:「齊魯互為強弱。齊之無君,魯之利也。請勿動,以觀其變。」莊公躊躇未決。時夫人文姜因襄公被弒,自祝邱歸於魯國,日夜勸其子興兵伐齊,討無知之罪,為其兄報仇。及聞無知受戮,齊使來迎公子糾為君,不勝之喜。主定納糾,催促莊公起程。莊公為母命所迫,遂不聽施伯之言,親率兵車三百乘,用曹沫為大將,秦子梁子為左右,護送公子糾入齊。管夷吾謂魯侯曰:「公子小白在莒,莒地比魯為近,倘彼先入,主客分矣。乞假臣良馬,先往邀之。」魯侯曰:「甲卒幾何?」夷吾曰:「三十乘足矣。」

  卻說公子小白聞國亂無君,與鮑叔牙計議,向莒子借得兵車百乘,護送還齊。這裏管夷吾引兵晝夜奔馳,行至即墨,聞莒兵已過,從後追之。又行三十餘里,正遇莒兵停車造飯。管夷吾見小白端坐車中,上前鞠躬曰:「公子別來無恙,今將何往?」小白曰:「欲奔父喪耳。」管夷吾曰:「糾居長,分應主喪;公子幸少留,無自勞苦。」鮑叔牙曰:「仲且退,各為其主,不必多言!」夷吾見莒兵睜眉怒目,有爭鬥之色,誠恐眾寡不敵,乃佯諾而退。驀地彎弓搭箭,覷定小白,颼的射來。小白大喊一聲,口吐鮮血,倒於車上。鮑叔牙急忙來救,從人盡叫道:「不好了!」一齊啼哭起來。管夷吾率領那三十乘,加鞭飛跑去了。夷吾在路嘆曰:「子糾有福,合為君也!」還報魯侯,酌酒與子糾稱慶。此時放心落意,一路邑長獻餼進饌,遂緩緩而行。誰知這一箭,只射中小白的帶鉤。小白知夷吾妙手,恐他又射,一時急智,嚼破舌尖,噴血詐倒,連鮑叔牙都瞞過了。鮑叔牙曰:「夷吾雖去,恐其又來,此行不可遲也。」乃使小白變服,載以溫車,從小路疾馳。將近臨淄,鮑叔牙單車先入城中,遍謁諸大夫,盛稱公子小白之賢。諸大夫曰:「子糾將至,何以處之?」鮑叔牙曰:「齊連弒二君,非賢者不能定亂。況迎子糾而小白先至,天也!魯君納糾,其望報不淺。昔宋立子突,索賂無厭,兵連數年。吾國多難之餘,能堪魯之徵求乎?」諸大夫曰:「然則何以謝魯侯?」叔牙曰:「吾已有君,彼自退矣。」大夫隰朋東郭牙齊聲曰:「叔言是也。」於是迎小白入城即位,是為桓公。髯翁有詩單詠射鉤之事。詩曰:

    魯公歡喜莒人愁,誰道區區中帶鉤?但看一時權變處,便知有智合諸侯。

鮑叔牙曰:「魯兵未至,宜預止之。」乃遣仲孫湫往迎魯莊公,告以有君。莊公知小白未死,大怒曰:「立子以長,孺子安得為君?孤不能空以三軍退也。」仲孫湫回報。齊桓公曰:「魯兵不退,奈何?」鮑叔牙曰:「以兵拒之。」乃使王子成父將右軍,寧越副之;東郭牙將左軍,仲孫湫副之;鮑叔牙奉桓公親將中軍,雍廩為先鋒。兵車共五百乘。分撥已定,東郭牙請曰:「魯君慮吾有備,必不長驅。乾時水草方便,此駐兵之處也。若設伏以待,乘其不備,破之必矣!」鮑叔牙曰:「善。」使寧越仲孫湫各率本部,分路埋伏。使王子成父東郭牙從他路抄出魯兵之後。雍廩挑戰誘敵。

  卻說魯莊公同子糾行至乾時,管夷吾進曰:「小白初立,人心未定,宜速乘之,必有內變。」莊公曰:「如仲之言,小白已射死久矣。」遂出令於乾時安營。魯侯營於前,子糾營於後,相去二十里,次早諜報:「齊兵已到,先鋒雍廩索戰。」魯莊公曰:「先破齊師,城中自然寒膽也。」遂引秦子梁子駕戎車而前,呼雍廩親數之曰:「汝首謀誅賊,求君於我。今又改圖,信義安在?」挽弓欲射雍廩。雍廩佯作羞慚,抱頭鼠竄。莊公命曹沫逐之。雍廩轉轅來戰,不幾合又走。曹沫不舍,奮生平之勇,挺著畫戟趕來,卻被鮑叔牙大兵圍住。曹沫深入重圍,左衝右突,身中兩箭,死戰方脫。

  卻說魯將秦子梁子恐曹沫有失,正待接應。忽聞左右炮聲齊震,寧越仲孫湫兩路伏兵齊起,鮑叔牙率領中軍,如牆而進。三面受敵,魯兵不能抵當,漸漸奔散。鮑叔牙傳令:「有能獲魯侯者,賞以萬家之邑。」使軍中大聲傳呼。秦子急取魯侯繡字黃旗,偃之於地。梁子復取旗建於自車之上,秦子問其故,梁子曰:「吾將以誤齊也。」魯莊公見事急,跳下戎車,別乘軺車,微服而逃。秦子緊緊跟定,殺出重圍。寧越望見繡旗,伏於下道,認是魯君,麾兵圍之數重。梁子免冑以面示曰:「吾魯將也,吾君已去遠矣。」鮑叔牙知齊軍已全勝,鳴金收軍。仲孫湫獻戎輅。寧越獻梁子,齊侯命斬於軍前。齊侯因王子成父東郭牙兩路兵尚無下落,留寧越仲孫湫屯於乾時。大軍奏凱先回。

  再說管夷吾等管轄輜重,在於後營,聞前營戰敗,教召忽同公子糾守營,悉起兵車自來接應。正遇魯莊公,合兵一處。曹沫亦收拾殘車敗卒奔回。計點之時,十停折去其七,夷吾曰:「軍氣已喪,不可留矣!」乃連夜拔營而起。行不二日,忽見兵車當路,乃是王子成父東郭牙抄出魯兵之後。曹沫挺戟大呼曰:「主公速行,吾死於此!」顧秦子曰:「汝當助吾。」秦子便接住王子成父廝殺。曹沫便接住東郭牙廝殺。管夷吾保著魯莊公,召忽保著公子糾,奪路而行。有紅袍小將追魯侯至急,魯莊公一箭,正中其額。又有一白袍者追來,莊公亦射殺之。齊兵稍卻。管仲教把輜重甲兵乘馬之類,連路委棄,恣齊兵搶掠,方纔得脫。曹沫左膊,復中一刀,尚刺殺齊軍無數,潰圍而出。秦子戰死於陣。史官論魯莊公乾時之敗,實為自取。有詩嘆云:

    子糾本是仇人胤,何必勤兵往納之?若念深仇天不戴,助糾不若助無知。

魯莊公等脫離虎口,如漏網之魚,急急奔走。隰朋東郭牙從後趕來,直追過汶水,將魯境內汶陽之田,盡侵奪之,設守而去。魯人不敢爭較,齊兵大勝而歸。

  齊侯小白早朝,百官稱賀。鮑叔牙進曰:「子糾在魯,有管夷吾召忽為輔,魯又助之,心腹之疾尚在,未可賀也。」齊侯小白曰:「為之奈何?」鮑叔牙曰:「乾時一戰,魯君臣膽寒矣!臣當統三軍之眾,壓魯境上,請討子糾,魯必懼而從也。」齊侯曰:「寡人請舉國以聽子。」鮑叔牙乃簡閱車馬,率領大軍,直至汶陽,清理疆界。遣公孫隰朋,致書於魯侯曰:

    外臣鮑叔牙,百拜魯賢侯殿下:家無二主,國無二君。寡君已奉宗廟,公子糾欲行爭奪,非不二之誼也。寡君以兄弟之親,不忍加戮,願假手於上國。管仲、召忽,寡君之仇,諸受而戮於太廟。

隰朋臨行,鮑叔牙囑之曰:「管夷吾天下奇才,吾言於君,將召而用之,必令無死。」隰朋曰:「倘魯欲殺之如何?」鮑叔曰:「但提起射鉤之事,魯必信矣。」隰朋唯唯而去。魯侯得書,即召施伯。不知如何計議,再聽下回分解。

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