東周列國志第五十二回 公子宋、黿を嘗めて逆を構える/陳の霊公、衵服で朝廷を戯れにする (公子宋嘗黿搆逆 陳靈公衵服戲朝)

食指が動く

  • 公子帰生は字を子家、公子宋は字を子公といい、二人はどちらも鄭国の君主の親族である卿であった。
  • 鄭の霊公夷の元年、公子宋と帰生は約束して早くに起き、霊公に拝謁しようとしていた。公子宋の食指が突然ぴくぴくと自ら動き出した。(食指とは何か。第一の指を拇指、第三の指を中指、第四の指を薬指、第五の指を小指という。ただ第二の指だけは、食を取るときに必ずこれを用いるので、食指と呼ぶ。)
  • 公子宋は食指が跳ねる様子を帰生に見せた。帰生は不思議に思った。
  • 公子宋は言った。「他でもない。私はいつもこのように動くと、その日必ず珍しい味を口にすることになるのだ。以前晋に使いしたときは石花魚を食べ、後に楚に使いしたときは白鳥を一度、合歓橘を一度食べた。指はいずれも前もって動き、外れたことがない。今日はいったい何を味わうことになるのだろうか。」
  • 朝門に入ろうとしたところ、内侍が命を伝え、宰夫を大急ぎで呼んでいた。公子宋がこれを問うと、内侍は言った。「鄭の客人が漢江から、重さ二百余斤の大きな黿を得て主公に献上いたしました。主公はこれを受け取って賞を与えられました。今、堂下に縛りつけて、私に宰夫を呼び割いて調理させ、諸大夫にふるまおうとしておられます。」
  • 公子宋は言った。「珍しい味はここにあったのだ。私の食指がどうして無駄に動こうか。」
  • 朝廷に入ると、堂の柱に縛られた甚だ大きな黿を見て、二人は顔を見合わせて笑った。拝謁の際にも、まだ笑いの余韻が残っていた。
  • 霊公は問うた。「卿ら二人は今日なぜ喜色を浮かべているのか。」
  • 公子帰生は答えた。「宋と臣が朝に入るとき、宋の食指が突然動き、『いつもこのようになると必ず珍味を口にすることになる』と申しました。今、堂下に大きな黿があるのを見て、主公がこれを煮て召し上がれば、必ず諸臣にも及ぶだろうと考え、食指の験が現れましたので、それで笑ったのでございます。」
  • 霊公は戯れて言った。「験があるかないかは、まだ寡人の胸先三寸にあるぞ。」
  • 二人が退出した後、帰生は宋に言った。「珍味はあるにしても、もし主公がそなたを召さなければ、どうする。」
  • 宋は言った。「皆にふるまうというのに、私一人だけを外せようか。」
  • 日暮れになって、内侍は果たしてあまねく諸大夫を召した。公子宋は喜んで入り、帰生を見て笑って言った。「私は主公が私を召さずにはいられぬだろうと最初から分かっていたのだ。」
  • ほどなく諸臣が一同に会し、霊公は座を布いて着座を命じ、言った。「黿は水族の佳味である。寡人一人で味わうには忍びない。諸卿とともに味わいたい。」
  • 諸臣はそろって謝辞を述べた。「主公は一度の食事にさえ臣らのことをお忘れになりません。臣らはどうしてこのご恩にお報いできましょうか。」
  • 座が定まると、宰夫が黿の羹の味付けが調ったことを告げ、まず霊公に献上した。霊公は味わって美味であると言った。人に命じて黿の羹一鼎、象牙の箸一対を、下座から順に上座まで配らせた。
  • ちょうど第一・第二の席まで来たところで、あと一鼎しか残らなくなった。宰夫が申し上げた。「羹はもう尽きました。ただ一鼎のみです。誰にお与えになりますか。」
  • 霊公は言った。「子家に与えよ。」
  • 宰夫は羹を帰生の前に運んだ。霊公は大笑いして言った。「寡人は諸卿にあまねく賜るよう命じたのに、たまたま子公だけが漏れてしまった。これは子公の運が黿を食べる巡り合わせにないということだ。食指はいったい何を験したというのか。」
  • もとより霊公はわざと料理人にこの一鼎だけ欠けさせるよう命じ、公子宋の食指が験されぬようにして、笑い草にしようとしていたのである。ところが公子宋はすでに帰生の前でいっぱしの大言を吐いていた。今日、百官がみな食を賜る中、自分一人だけ与えられなかったことに、羞恥が怒りに変わり、まっすぐ霊公の前に進み出て、指をその鼎に入れ、黿の肉を一塊り取って食べ、言った。「臣はすでに味わいました。食指はどうして験さなかったと言えましょうか。」
  • 言い終えると、まっすぐ席を立って出て行った。
  • 霊公もまた怒り、箸を投げ出して食事をやめ、言った。「宋は不遜であり、寡人を欺いておる。鄭に一寸の刃もないと思い、その首を斬れないとでも思っているのか。」
  • 帰生らはみな席を下りひれ伏して言った。「宋は君の身内としての親愛を頼みにして、君の恩恵にあずかりたいと願い、ただ戯れをしたにすぎません。どうしてあえて君に無礼を働きましょうか。どうかお許しくださいませ。」
  • 霊公は憤懣やる方なく、君臣ともに楽しまぬまま散会した。
  • 帰生はただちに公子宋の家に赴き、君が怒っていることを告げ、「明日朝廷に入って謝罪すべきだ」と言った。
  • 公子宋は言った。「私が聞くところでは『人を侮る者は、人もまたこれを侮る』という。君が先に私を侮ったのだ。それを自ら責めることなく、私を責めるのか。」
  • 帰生は言った。「そうは言っても、君臣の間柄では、謝らぬわけにはいかぬ。」

陰謀と霊公殺害

  • 翌日、二人はともに朝廷に入った。公子宋は列に従って礼を行ったが、少しも恐れ入って罪を認めるような言葉はなかった。かえって帰生は心中不安になり、奏上した。「宋は主公が指を染めた失礼をお咎めになるのを恐れ、特に罪を告げに参りました。恐懼して言葉になりませんが、どうか主公の寛容をお願いいたします。」
  • 霊公は言った。「寡人は子公の機嫌を損ねることを恐れておるのに、子公が寡人を恐れることがあろうか。」
  • 衣を払って立ち去った。
  • 公子宋は朝廷を出ると、帰生を家に招き、密かに語った。「主公は私にひどく怒っておられる。誅されることを恐れるくらいなら、先に事を起こしたほうがよい。成功すれば死を免れられよう。」
  • 帰生は耳を塞いで言った。「家畜でさえ長く飼えば殺すに忍びないものだ。まして一国の君に対して、軽々しく弑逆を口にできようか。」
  • 公子宋は言った。「戯れに言っただけだ。そなたは他言するな。」
  • 帰生は暇乞いして帰った。
  • 公子宋は帰生が霊公の弟、公子去疾と親しく、しばしば往来していることを探り知り、朝廷でこう吹聴した。「子家と子良は朝夕ともに集まっているが、何を謀っているのか分からぬ。社稷に不利なことになるのではないか。」
  • 帰生は急いで宋の腕を引っ張って、人のいない場所に至り、言った。「これはどういうことを言うのか。」
  • 公子宋は言った。「そなたが私と共謀しないなら、私はきっとそなたを一日早く死なせることになるぞ。」
  • 帰生は生来気が弱く、決断力に欠けていた。宋のこの言葉を聞いて大いに恐れ、言った。「そなたの考えはどういうものか。」
  • 公子宋は言った。「主上の無道の兆しは、すでに黿を分け与えなかった一件に表れている。もし大事を行えば、私とそなたで共に子良を君に立て、晋に親しく結べば、鄭国は数年の安泰を保てるだろう。」
  • 帰生はしばらく考えた後、ゆっくりと答えた。「そなたのなすところに任せよう。私はそなたのことを漏らさぬ。」
  • 公子宋はそこで密かに家中の者を集め、霊公が秋の祭祀のため斎宮に籠っている隙に乗じ、重い賄賂でその側近たちを買収し、夜半に密かに斎宮に入り込み、土の袋で霊公を押しつぶして殺害した。「魘に中たり急死した」と偽って言いふらした。帰生はその事を知りながら、あえて口にしなかった。(按ずるに孔子は『春秋』を作るにあたり「鄭公子帰生弑其君夷」と書いた。公子宋の罪は問わずに帰生を罪としたのは、その身が執政の座にありながら、讒言を恐れて逆に従ったこと、すなわち「任が重い者は、責もまた重い」という趣旨によるものである。聖人の書法が人臣を戒める、まことに畏るべきものである。)

鄭襄公の即位と公子宋の誅殺

  • 翌日、帰生は公子宋と協議し、公子去疾を君に奉じようとした。去疾は大いに驚き、辞退して言った。「先君にはなお八人の子がいます。もし賢を立てるならば、去疾には称すべき徳がありませんし、もし長を立てるならば、公子堅がおられます。去疾は死んでも、その順序を越えることはできません。」
  • そこで公子堅を迎えて即位させた。これが襄公である。
  • 総じて穆公には子が十三人あった。霊公夷は弑され、襄公堅が後を嗣ぎ、そのほかに十一人の子がある。公子去疾は字を子良、公子喜は字を子罕、公子騑は字を子駟、公子発は子国、公子嘉は字を子孔、公子偃は字を子游、公子舒は字を子印、さらに公子豊、公子羽、公子然、公子志がいた。
  • 襄公は諸弟の党が盛んなのを忌み、後日変事が起こるのを恐れ、密かに公子去疾と相談し、去疾だけを留めて他の弟をすべて追放しようとした。
  • 去疾は言った。「先君は蘭を夢見て生まれ、卜に『これは必ず姫氏の宗を昌えさせるだろう』とありました。そもそも兄弟は公族であって、たとえば枝葉が盛んに茂ることで幹もまた栄えるようなものです。もし枝を剪り葉を去れば、幹も根もあらわになり、たちまち枯れ果てるでしょう。君上がこれをお容れになるなら、それこそ私の願うところです。もしお容れになれないのなら、私も彼らと行を共にいたします。どうして自分だけひとりここに留まることに忍びましょうか。後日どのような顔で先君にあの世でお会いできましょうか。」
  • 襄公は感じ入って悟った。そこで弟十一人をみな大夫に任じ、あわせて鄭の政に与らせた。
  • 公子宋は使者を晋に遣わし和睦を求め、国の安定を図った。これは周の定王二年のことである。
  • 翌年、鄭の襄公元年、楚の荘王は公子嬰齊を将として率いさせ、鄭を討伐させて問うた。「なぜ君を弑したのか。」
  • 晋は荀林父を遣わしてこれを救わせ、楚はそこで兵を移して陳を討伐した。鄭の襄公は晋の成公に従って黒壌で盟を結んだ。
  • 周の定王三年、晋の上卿趙盾が卒した。郤缺がこれに代わって中軍元帥となった。陳が楚と和睦したと聞き、成公に進言して、荀林父を成公に従わせ、成公が宋・衛・鄭・曹の四国を率いて陳を討伐した。晋の成公は途中で病んで薨じ、そこで軍を引き上げた。世子孺を君に立てた。これが景公である。
  • この年、楚の荘王は自ら大軍を率い、再び柳棼で鄭の軍を討伐した。晋の郤缺が軍を率いてこれを救い、楚軍を襲って敗った。鄭の人々はみな喜んだが、公子去疾だけは憂色を浮かべていた。
  • 襄公が不思議に思って問うと、去疾は答えた。「晋が楚を破ったのは、たまたまでございます。楚は必ず怒りを鄭にぶつけるでしょう。晋を長く頼りにできるでしょうか。まもなく楚の兵が郊外に迫るのを目にすることになりましょう。」
  • 翌年、楚の荘王は再び鄭を討伐し、穎水の北に兵を屯した。
  • ちょうど公子帰生が病死した。公子去疾は公子宋が鼎に指を入れて黿を味わった一件を遡って処罰し、公子宋を弑し、その屍を朝廷にさらし、子家の棺を斫り砕き、その一族を追放した。使者を遣わして楚王に謝して言った。「寡人には逆臣の帰生と宋がおりましたが、今すでにともに誅殺いたしました。わが君は陳侯を介して大国の血の盟に与ることを願っております。」
  • 荘王はこれを許した。そこで陳・鄭を辰陵の地で同盟させようと、使者を遣わして陳侯に約束を取り交わさせた。使者が陳から戻って言った。「陳侯は大夫の夏徴舒に弑され、国内は大乱しております。」
  • 詩がある。(詩:周室が東遷して以来世は乱れ離散し、篡奪と弑逆が絶えることのない歳月であった。妖星が北斗に入り三国の凶を予兆したが、また陳侯が夏舒に遭う知らせが届いた、という趣旨)

夏姫、孔寧・儀行父と通じる

  • さて、陳の霊公、諱は平国は、陳の共公朔の子で、周の頃王六年に位を嗣いだ。人となりは軽薄で怠惰、少しも威厳や礼儀がなく、また酒色に耽って遊興に走り、国家の政務をまったく顧みなかった。
  • 二人の大夫を寵愛しており、一人は姓を孔、名を寧、もう一人は姓を儀、名を行父といった。二人とも酒色の場で太鼓を打ち鳴らすような輩であった。一君二臣、志も気も合い、言葉遣いも戯れて猥りがましく、互いに何の遠慮もなかった。
  • そのころ朝廷に賢臣がいた。姓を泄、名を冶といい、忠良で正直な人物であった。事に当たっては敢えて直言し、陳侯の君臣も甚だこれを畏れ憚っていた。
  • また大夫の夏御叔がいた。その父の公子少西は、陳の定公の子で、少西は字を子夏といい、それゆえ御叔は夏を字とした。また少西氏とも呼ばれ、代々陳国の司馬の官を務め、株林に食邑を得ていた。
  • 御叔は鄭の穆公の娘を妻に娶った。これを夏姫という。
  • その夏姫は細い眉に鳳のような目、杏の顔に桃の頬を持ち、驪姫や息媯の容貌を備え、あわせて妲己や文姜の妖艶さをそなえていた。見る者はみな魂を消し魄を失い、心を惑わされぬ者はなかった。
  • さらに一つ奇異なことがあった。十五歳のとき、立派な男が星冠羽衣で天上の神仙を名乗り、交わってきて、精を吸い気を導く法を教える夢を見た。人と交わるたびにその歓びを尽くし、その中で陽を採り陰を補い、老いを退け若さを取り戻すという「素女採戦の術」を身につけたのであった。
  • 本国の鄭にいてまだ嫁がぬうちから、鄭の霊公の庶兄である公子蛮と、兄妹の間柄でありながら私通し、三年も経たぬうちに子蛮は夭折した。その後、夏御叔に嫁いで内子となり、一人の男子を生んだ。名を徴舒という。
  • 徴舒は字を子南といい、十二歳のとき御叔が病没した。夏姫はほかに男の付き合いがあったため、徴舒は城内に留めて師について学ばせ、自分は株林に退いた。
  • 孔寧と儀行父は、かねて御叔と同朝で親しく、夏姫の美貌を窺い見たことがあり、それぞれ誘惑の意を抱いていた。
  • 夏姫には侍女の荷華がいて、機転が利き色気があり、常に主母のために取り持ち役を務めていた。孔寧はある日、徴舒と郊外に狩に出た際、徴舒を株林まで送ることになり、その家に泊まった。
  • 孔寧はさんざん策を弄し、まず荷華を口説き落とし、簪や耳飾りを贈って主母への口利きを頼んだ。こうして首尾よく通じ合い、夏姫の錦の下着をこっそり身につけて持ち出し、儀行父に見せびらかした。
  • 行父はこれを羨み、やはり厚い贈り物で荷華に取り入り、通じることを求めた。夏姫は日ごろ儀行父を見ており、体格が大きく鼻筋が高いので、心中に思うところがあった。
  • 荷華に言いつけて彼を私かに呼び寄せさせた。儀行父は広く助戦の秘薬を求めて夏姫の機嫌を取り、夏姫はこれを愛すること孔寧に倍していた。
  • 儀行父は夏姫に言った。「孔大夫は錦の下着を賜りました。今すでに私にもお目をかけていただいたからには、私も何か形見となる品を頂きたく、公平にご寵愛の証を示していただきたいのです。」
  • 夏姫は笑って言った。「錦の下着は彼が自分で盗んでいったもので、私が贈ったわけではありません。」耳元に寄って言った。「同じ床にあっても、厚薄がないわけではありません。」
  • そこで自ら着ていた青い薄絹の襦を脱いで贈った。儀行父は大いに喜んだ。これより行父の往来は甚だ頻繁になり、孔寧はいくぶん疎まれるようになった。
  • 古詩がある。(詩:鄭風の淫乱ぶり、桓公・武公の教化はすでに薄れ、士女は争って私通し、里巷では昼夜の別も失われた。仲子は垣根を越えようとし、子充の性はひたすら狡猾であった。東門で茹藘を思い出し、野外には蔓草が生い茂る。裳をまくり上げれば相手は遠くもないのに、車を駆っても行方は分からぬ。青い衿が心に纏わりつき、瓊琚も人を老いさせる。風雨の中の鶏鳴の時、密かに巧みに逢瀬を重ねる。揚水は薪の束を流すが、讒言に心を乱されるな。ならわしは人を感化しやすいもの、どうして自ら美しくいられようか、という趣旨)
  • 儀行父は孔寧が錦の下着で得意になっていたことに対抗し、今度は青い薄絹の襦を得て、これまた孔寧に見せびらかした。孔寧は密かに荷華に問いただし、夏姫と儀行父が親密になっていることを知り、嫉妬を抱いたが、これを引き離す手立てがなく、一計を案じた。(あの陳侯は貪欲で色を好み、久しく夏姫の美貌を聞いてはたびたび口にしており、慕う心が甚だ切実で、手に入れられないことを恨んでいた。)「いっそのこと陳侯も引き入れて、一緒に夏姫と通じさせてしまえば、陳侯はきっと私に感謝するだろう。ましてや陳侯には隠れた持病がある。医書では『狐臭』、また『腋気』と呼ばれるものだ。夏姫はきっと喜ぶまい。私はそのそばで幇間をやり、隙を見て言い寄れば、いくらか得るものもあるだろう。少なくとも儀大夫は一分二分は疎まれるはずだ。それで私のこの恨みつらみも晴れるというものだ。うまい計だ、うまい計だ。」
  • そこで独り霊公に会い、話のついでに夏姫の美しさに触れ、天下に並ぶ者がないと言った。
  • 霊公は言った。「寡人も久しくその名を聞いておるが、年齢はすでに四十に達しておる。三月の桃花のように、色褪せているのではないか。」
  • 孔寧は言った。「夏姫は房中の術に精通しており、容顔はますます若やぎ、常に十七八の美女のような姿をしています。しかも交合の妙は尋常とはまるで異なり、主公も一度お試しになれば、必ず魂も消えることでしょう。」
  • 霊公はたちまち欲情がこみ上げ、頬を赤らめ、孔寧に向かって言った。「卿はどのような策で寡人と夏姫を会わせられるか。寡人は決してそなたを裏切らぬぞ。」
  • 孔寧は奏上した。「夏氏はずっと株林に住んでおり、その地は竹木が生い茂り、遊覧に適しております。主公は明朝、株林に行幸したいと仰せになるだけでよいのです。夏氏は必ず宴を設けてお迎えするでしょう。夏姫には荷華という婢がおり、色事の取り持ちにはなかなか通じておりますので、臣が主公の御意向を伝えれば、必ずうまく運ぶこと間違いございません。」
  • 霊公は笑って言った。「この一件、すべてそなたの采配に任せよう。」

株林の逢瀬

  • 翌日、命じて車を用意させ、忍びで株林に出遊し、ただ大夫の孔寧だけを従わせた。孔寧はまず夏姫に知らせを送り、支度をして待つよう伝えた。また荷華にその意を漏らし、取り次がせた。あちらの夏姫も事を恐れぬ性分であり、すべて手抜かりなく準備を整えた。
  • 霊公はひたすら夏姫に執心し、遊幸は名目にすぎなかった。まさに「玉を盗み香を偸むにこそ真の心があり、山を観て水を玩ぶのは本意にあらず」というものであった。少し馬を進めるうちに、夏家に着いた。
  • 夏姫は礼服を着て出迎え、霊公を庁に導いて座に着かせ、拝謁して言葉を述べた。「妾の子の徴舒は外の師のもとに出ており、主公の御駕がお見えとは存じませんで、お出迎えが遅れました。」
  • その声は新しい鶯が巧みにさえずるように、麗しく聞こえた。霊公はその容姿を見て、まことに天人であると思った。後宮の妃嬪も並ぶ者は稀であった。
  • 霊公は言った。「寡人はたまたま暇に任せて出遊し、軽々しく尊府に立ち寄った。驚かせてはおらぬか。」
  • 夏姫は衽を整えて答えた。「主公の玉の御足がお運びくださり、わが陋屋も光を増しました。賤妾には粗末な酒肴を用意しておりますが、まだお出しできておりません。」
  • 霊公は言った。「すでに厨房に手間をかけさせたのだから、改まった宴席を設けるには及ばぬ。そなたの園亭は幽雅と聞く。ぜひ見てみたい。ご主人の御馳走は、そちらでいただくとしよう。」
  • 夏姫は答えた。「亡夫が身罷ってから、荒れた圃を長く掃除もしておりませんので、主公のお車をお迎えするには不足しております。あらかじめお詫び申し上げます。」
  • 夏姫の受け答えが整然としているのを見て、霊公はますます心を寄せ、夏姫に「礼服を着替えて、寡人を園中へご案内するように」と命じた。
  • 夏姫は礼服を脱ぎ、あっさりとした装いを見せた。月下の梨花、雪中の梅の蕾のようで、まったく別の趣きがあった。
  • 夏姫が先に立ち、後園に至った。地所はさほど広くはないが、高い松や秀柏、珍しい石や名だたる花があり、池が一方にあり、花亭がいくつかあった。中央には高い軒が一区画あり、朱の欄干と繍の帷幕があって、たいそう開放的で、これは客をもてなす場所であった。左右にはともに脇部屋があった。軒の後ろには曲がりくねった房室がいくつも連なり、廻廊が折れ曲がって内寝へと直に通じていた。園中には馬小屋が建てられており、馬を養う場所であった。園の西には空き地が一片あり、弓の練習場として残されていた。
  • 霊公は一通り見て回った後、その軒の中にはすでに宴席が調っており、夏姫が盃を執って座を定めた。霊公は傍らに座を賜ろうとしたが、夏姫は謙って敢えて座らなかった。
  • 霊公は言った。「主人がどうして座らずにいられようか。」
  • そこで孔寧を右に、夏姫を左に座らせた。「今日はしばらく君臣の分をなくし、存分に楽しもうではないか。」
  • 酒を飲む間、霊公は目を離さず、夏姫もまた流し目で応じた。霊公は酒の勢いに痴情が加わり、そのうえ孔大夫が傍らで座を盛り上げた。酒は快く腸に落ち、いつしか度を過ぎるほどに飲んだ。日は西山に沈み、左右の者が灯りを進めた。杯を洗ってさらに酌み交わし、霊公は大いに酔い、席の上に倒れ込み、いびきをかいて眠った。
  • 孔寧は密かに夏姫に言った。「主公は久しく容色を慕っておられ、今日こうしていらしたのは、心をこめてあなたと歓びを求めるためです。逆らってはいけません。」
  • 夏姫は微笑んで答えなかった。孔寧は好機とばかりに、外へ出て随行の者たちを落ち着かせ、そのまま宿泊させた。
  • 夏姫は錦の衾と繍の枕を整え、わざとその軒の中に運び入れさせ、自分は香湯で身を清めて召しに備えた。ただ荷華だけを残して、御駕のお側に侍らせた。
  • しばらくして霊公は目を覚まし、目を見開いて問うた。「誰であるか。」
  • 荷華は跪いて答えた。「賤婢は荷華でございます。主母の命を受け、千歳爺様のお伴をしております。」そう言って酸梅の酔い覚まし湯を差し出した。
  • 霊公は言った。「この湯は誰が作ったのか。」
  • 荷華は答えた。「賤婢が煎じました。」
  • 霊公は言った。「そなたは梅湯を作れるが、寡人のために仲人ができるか。」
  • 荷華はわざと分からぬふりをして答えた。「賤婢は仲立ちには不慣れではございますが、走り使いなら少しは心得ております。ただ千歳爺様のお心はどなたにお向けなのでございましょうか。」
  • 霊公は言った。「寡人はそなたの主母に心も魂も乱されておるのだ。そなたが私の望みを成就させてくれれば、必ず厚く賞をとらせよう。」
  • 荷華は答えた。「主母の身は、貴人にはふさわしくないかもしれませんが、もしお見捨てにならぬのであれば、賤婢がすぐにお引き合わせいたしましょう。」
  • 霊公は大いに喜び、荷華に灯を持たせて案内させ、曲がりくねった道を通って、まっすぐ内室に入った。
  • 夏姫は灯を明るくして独り座り、何かを待つ様子であった。突然足音を聞き、まさに尋ねようとしたところ、霊公はすでに戸口に入っていた。
  • 荷華は銀の灯を持って外に出た。霊公はもはや言葉も交わさず、夏姫を抱き寄せて帷に入り、衣を脱いで共寝した。肌は柔らかく艶やかで、体に触れれば溶けそうであった。歓びの時、まるで処女のようであった。
  • 霊公は不思議に思って問うた。夏姫は答えた。「妾には内を整える術があり、子を産んだ後でも、三日も経てばもとどおりに充実いたします。」
  • 霊公は嘆じて言った。「寡人がたとえ天上の神仙に出会おうとも、これほどのことはあるまい。」
  • 論ずるに、霊公の床での力量は本来、孔・儀二人の大夫に及ばず、さらに隠れた病を抱え、うまくいく道理はなかった。しかし彼が一国の君であるため、女は自然と三分の打算が働き、あえて嫌う様子も見せず、閨の中でうわべだけの奉仕をした。霊公はこれをまたとない奇遇と思い込んだのであった。
  • 眠りは鶏鳴まで続き、夏姫は霊公を促して起こした。霊公は言った。「寡人はいとしいそなたと交わりを得て、後宮を振り返れば糞土のごとくである。ただそなたの心のうちに、寡人へいささかなりとも情があるかどうか分からぬ。」
  • 夏姫は霊公がすでに孔・儀二人との往来を知っていると疑い、答えた。「賤妾は実にお隠しいたしません。夫を失って以来、自らを抑えることができず、いつしか他の男に身を許すことになりました。今すでに君侯の御寵愛を賜った上は、これより外との交わりは永遠に絶ち、どうしてまた二心を抱いて罪を得ましょうか。」
  • 霊公は喜んで言った。「そなたが日ごろ交わってきた者を、寡人のために包み隠さず数え上げてみよ。」
  • 夏姫は答えた。「孔・儀二人の大夫は、遺児の世話をしてくれるうちに、そのように乱に及んだだけで、そのほかには実際おりません。」
  • 霊公は笑って言った。「道理で孔寧が、そなたの交合の妙が尋常とは違うと言っていたわけだ。自ら試したのでなければ、どうしてそんなことが分かろうか。」
  • 夏姫は答えた。「賤妾は先に罪を得ておりました。どうかお許しくださいませ。」
  • 霊公は言った。「孔寧には賢者を推挙した美点がある。寡人はまさに感謝しているところだ。そなたは疑うことはない。ただそなたと常に会いたいと願う。この情を絶やさぬよう、そなたの好きにさせよう、禁じはせぬ。」
  • 夏姫は答えた。「主公が絶えずおいでくださるなら、どうして常に会うのが難しいことがございましょうか。」
  • しばらくして、霊公は身を起こした。夏姫は自分の肌着を脱いで霊公に着せかけ、言った。「主公がこの肌着をご覧になれば、まるで賤妾を見ているようでございましょう。」
  • 荷華が灯を取り、来た道を通って軒下まで送った。
  • 夜が明けると、庁堂にはすでに朝食が用意されており、孔寧は従者を率いて車を伺候させていた。夏姫は霊公を堂に招き、朝の挨拶を交わし、料理人が膳を進めた。従者たちにもみな酒食が振る舞われた。
  • 食べ終わると、孔寧が霊公のために車を御して朝廷に戻った。百官は陳侯が野に泊まったと知り、その日はみな朝門に集まって待っていた。霊公は「朝は無しとせよ」と命じ、そのまま宮門に入っていった。
  • 儀行父は孔寧を引き留め、主公の夜の宿泊先をしつこく尋ねた。孔寧はもはや隠すことができず、直に話した。儀行父は、霊公に夏姫を薦めたのが孔寧であったと知り、地団太を踏んで言った。「こんな主君に恩を売る旨い役目を、どうしてお前一人で引き受けたのだ。」
  • 孔寧は言った。「主公はたいそうご満悦であった。二度目にはあなたが恩を売る役をお務めになればよろしい。」
  • 二人は大笑いして別れた。

朝堂の戯れ

  • 翌日、霊公は早朝の朝礼を終え、百官はみな散じた後、孔寧を前に召し、夏姫を推薦したことに謝意を述べた。さらに儀行父を召して問うた。「これほど楽しい事があるのに、なぜ寡人に早く奏上しなかったのか。お前たちは先に独り占めしていたな、どういうことか。」
  • 孔寧と儀行父はそろって言った。「臣らにはそのようなことはございません。」
  • 霊公は言った。「美人自ら口にしたことだ。卿らはもう隠すことはない。」
  • 孔寧は答えた。「例えば君に美味があれば、臣が先に味見をいたします。父に美味があれば、子が先に味見をいたします。味わってみて美味でなければ、あえて君にお勧めいたしません。」
  • 霊公は笑って言った。「そうではない。例えば熊の掌のような珍味なら、寡人に先に味わわせてくれてもよかったではないか。」
  • 孔・儀二人はともに笑った。霊公はさらに言った。「お前たち二人も夏姫と通じはしたが、あちらは私にだけ格別に証しの品をくれたぞ。」肌着を引き出して見せ、言った。「これは美人からの贈り物だ。お前たちにもあるか。」
  • 孔寧は言った。「臣にもございます。」
  • 霊公は言った。「そなたには何を贈られたのか。」
  • 孔寧は衣をまくり、その錦の下着を見せて言った。「これはあの姫からの贈り物です。臣だけでなく、行父にもございます。」
  • 霊公は行父に問うた。「卿は何を得たのか。」
  • 行父は青い薄絹の襦を解いて霊公に見せた。霊公は大笑いして言った。「我ら三人はそれぞれ身に証拠を帯びているわけだ。いつかまた一緒に株林に行き、寝床を並べての大会を開こうではないか。」
  • 一君二臣が、まさに朝堂で戯れ語り合っていた。この話が朝門の外に伝わると、ある正直の臣が怒り、歯ぎしりして声高に叫んだ。「朝廷という法紀の場が、このように乱れきっておるとは。陳国の滅亡は指折り数えて待つばかりだ。」
  • そこで衣を整え笏を正し、身を翻して朝門に踏み入り、諫言に及んだ。その官員が誰であったかは、次回の解き明かしをご覧あれ。
原文(底本)
話說公子歸生字子家,公子宋字子公,二人皆鄭國貴戚之卿也。鄭靈公夷元年,公子宋與歸生相約早起,將入見靈公。公子宋之食指,忽然翕翕自動。(何謂食指?第一指曰拇指,第三指曰中指,第四指曰無名指,第五指曰小指。惟第二指,大凡取食必用著他,故曰食指。)公子宋將食指跳動之狀,與歸生觀看。歸生異之。公子宋曰:「無他。我每常若跳動,是日必嘗異味。前使晉食石花魚,後使楚一食天鵝,一食合歡橘,指皆預動,無次不驗。不知今日嘗何味耶?」將入朝門,內侍傳命,喚宰夫甚急。公子宋問之曰:「汝喚宰夫何事?」內侍曰:「有鄭客從漢江來,得一大黿,重二百餘斤,獻於主公,主公受而賞之。今縛於堂下,使我召宰夫割烹,欲以享諸大夫也。」公子宋曰:「異味在此,吾食指豈虛動耶?」既入朝,見堂柱縛黿甚大,二人相視而笑,謁見之際,餘笑尚在。靈公問曰:「卿二人今日何得有喜容?」公子歸生對曰:「宋與臣入朝時,其食指忽動,言『每常如此,必得異味而嘗之。』今見堂下有巨黿,度主公烹食,必將波及諸臣,食指有驗,所以笑耳!」靈公戲之曰:「驗與不驗,權尚在寡人也!」二人既退,歸生謂宋曰:「異味雖有,倘君不召子,如何?」宋曰:「既享眾,能獨遺我乎?」至日晡,內侍果遍召諸大夫。公子宋欣然而入,見歸生笑曰:「吾固知君之不得不召我也。」已而,諸臣畢集,靈公命布席敘坐,謂曰:「黿乃水族佳味,寡人不敢獨享,願諸卿共之。」諸臣合詞謝曰:「主公一食不忘,臣等何以為報!」坐定,宰夫告黿味已調,乃先獻靈公,公嘗而美之。命人賜黿羹一鼎,象箸一雙,自下席派起,至於上席。恰到第一第二席,止剩得一鼎,宰夫稟道:「羹已盡矣,只有一鼎,請命賜與何人?」靈公曰:「賜子家。」宰夫將羹致歸生之前。靈公大笑曰:「寡人命遍賜諸卿,而偏缺子公,是子公數不當食黿也!食指何嘗驗耶?」原來靈公故意吩咐庖人,缺此一鼎,欲使宋之食指不驗,以為笑端。卻不知公子宋已在歸生面前說了滿話,今日百官俱得賜食,己獨不與,羞變成怒,逕趨至靈公面前,以指探其鼎,取黿肉一塊啖之,曰:「臣已得嘗矣!食指何嘗不驗也?」言畢,直趨而出。靈公亦怒,投箸曰:「宋不遜,乃欺寡人!豈以鄭無尺寸之刃,不能斬其頭耶?」歸生等俱下席俯伏曰:「宋恃肺腑之愛,欲均沾君惠,聊以為戲。何敢行無禮於君乎?願君恕之!」靈公恨恨不已,君臣皆不樂而散。歸生即趨至公子宋之家,告以君怒之意:「明日可入朝謝罪。」公子宋曰:「吾聞『慢人者,人亦慢之。』君先慢我,乃不自責而責我耶?」歸生曰:「雖然如此,君臣之間,不可不謝。」

   次日,二人一同入朝。公子宋隨班行禮,全無觳觫伏罪之語。倒是歸生心上不安,奏曰:「宋懼主公責其染指之失,特來告罪。戰兢不能措辭,望主公寬容之!」靈公曰:「寡人恐得罪子公,子公豈懼寡人耶?」拂衣而起。公子宋出朝,邀歸生至家,密語曰:「主公怒我甚矣!恐見誅,不如先作難,事成可以免死。」歸生掩耳曰:「六畜歲久,猶不忍殺之。況一國之君,敢輕言弒逆乎?」公子宋曰:「吾戲言,子勿洩也。」歸生辭去。公子宋探知歸生與靈公之弟公子去疾相厚,數有往來,乃揚言於朝曰:「子家與子良早夜相聚,不知所謀何事,恐不利於社稷也。」歸生急牽宋之臂,至於靜處,謂曰:「是何言與?」公子宋曰:「子不與我協謀,吾必使子先我一日而死!」歸生素性懦弱,不能決斷,聞宋之言,大懼曰:「汝意欲何如?」公子宋曰:「主上無道之端,已見於分黿。若行大事,吾與子共扶子良為君,以親暱於晉,鄭國可保數年之安矣。」歸生想了一回,徐答曰:「任子所為,吾不汝洩也。」公子宋乃陰聚家眾,乘靈公秋祭齋宿,用重賂結其左右,夜半潛入齋宮,以土囊壓靈公而殺之,託言「中魘暴死」。歸生知其事而不敢言。(按孔子作《春秋》,書:「鄭公子歸生弒其君夷。」釋公子宋而罪歸生,以其身為執政,懼譖從逆,所謂「任重者,責亦重」也。聖人書法,垂戒人臣,可不畏哉!)

  次日,歸生與公子宋共議,欲奉公子去疾為君。去疾大驚,辭曰:「先君尚有八子,若立賢,則去疾無德可稱,若立長,則有公子堅在。去疾有死,不敢越也。」於是逆公子堅即位,是為襄公。總計穆公共有子十三人:靈公夷被弒,襄公堅嗣立,以下尚有十一子,曰公子去疾字子良,曰公子喜字子罕,曰公子騑字子駟,曰公子發子國,曰公子嘉字子孔,曰公子偃字子游,曰公子舒字子印,又有公子豐,公子羽,公子然,公子志。襄公忌諸弟黨盛,恐他日生變,私與公子去疾商議,欲獨留去疾,而盡逐其諸弟。去疾曰:「先君夢蘭而生,卜曰:『是必昌姬氏之宗。』夫兄弟為公族,譬如枝葉盛茂,本是以榮,若剪枝去葉,本根俱露,枯槁可立而待矣。君能容之,固所願也。若不能容,吾將同行,豈忍獨留於此,異日何面目見先君於地下乎?」襄公感悟。乃拜其弟十一人皆為大夫,並知鄭政。公子宋遣使求成於晉,以求安其國。此周定王二年事也。

  明年,為鄭襄公元年,楚莊王使公子嬰齊為將,率師伐鄭,問曰:「何故弒君?」晉使荀林父救之,楚遂移兵伐陳。鄭襄公從晉成公盟於黑壤。

  周定王三年,晉上卿趙盾卒。郤缺代為中軍元帥,聞陳與楚平,乃言於成公,使荀林父從成公率宋、衛、鄭、曹四國伐陳。晉成公於中途病薨,乃班師。立世子孺為君,是為景公。是年,楚莊王親統大軍,復伐鄭師於柳棼。晉郤缺率師救之,襲敗楚師。鄭人皆喜,公子去疾,獨有憂色。襄公怪而問之。去疾對曰:「晉之敗楚,偶也。楚將洩怒於鄭,晉可長恃乎?行見楚兵之在郊矣!」明年,楚莊王復伐鄭,屯兵於穎水之北。適公子歸生病卒,公子去疾,追治嘗黿之事,弒公子宋,暴其屍於朝,斲子家之棺,而逐其族,遣使謝楚王曰:「寡人有逆臣歸生與宋,今俱伏誅。寡君願因陳侯而受歃於上國。」莊王許之。遂欲合陳鄭同盟於辰陵之地,遣使約會陳侯。使者自陳還,言:「陳侯為大夫夏徵舒所弒,國內大亂。」有詩為證:

    周室東遷世亂離,紛紛篡弒歲無虛;妖星入斗徵三國,又報陳侯遇夏舒。

  話說陳靈公諱平國,乃陳共公朔之子,在周頃王六年嗣位。為人輕佻惰慢,絕無威儀,且又耽於酒色,逐於遊戲,國家政務,全然不理。寵著兩位大夫,一個姓孔名寧,一個姓儀名行父,都是酒色隊裏打鑼鼓的。一君二臣,志同氣合,語言戲褻,各無顧忌。其時朝中有個賢臣,姓泄名冶,是個忠良正直之輩,遇事敢言,陳侯君臣,甚畏憚之。又有個大夫夏御叔,其父公子少西,乃是陳定公之子,少西字子夏,故御叔以夏為字,又曰少西氏,世為陳國司馬之宮,食采於株林。御叔娶鄭穆公之女為妻,謂之夏姬。那夏姬生得蛾眉鳳眼,杏臉桃腮,有驪姬息媯之容貌,兼妲己文姜之妖淫。見者無不消魂喪魄,顛之倒之。更有一樁奇事,十五歲時,夢見一偉丈夫,星冠羽服,自稱上界天仙,與之交合,教以吸精導氣之法。與人交接,曲盡其歡,就中採陽補陰,卻老還少,名為「素女採戰之術」。在國未嫁,先與鄭靈公庶兄公子蠻兄妹私通,不勾三年,子蠻殀死。後嫁於夏御叔為內子,生下一男,名曰徵舒。徵舒字子南,年十二歲上,御叔病亡。夏姬因有外交,留徵舒於城內,從師習學,自家退居株林。孔寧儀行父,向與御叔同朝相善,曾窺見夏姬之色,各有窺誘之意。夏姬有侍女荷華,伶俐風騷,慣與主母做腳攬主顧。孔寧一日與徵舒射獵郊外,因送徵舒至於株林,留宿其家。孔寧費一片心機,先勾搭上了荷華,贈以簪珥,求薦於主母,遂得入馬,竊穿其錦襠以出,誇示於儀行父。行父慕之,亦以厚幣交結荷華,求其通款。夏姬平日窺見儀行父,身材長大,鼻准豐隆,也有其心。遂遣荷華約他私會。儀行父廣求助戰奇藥,以媚夏姬,夏姬愛之,倍於孔寧。儀行父謂夏姬曰:「孔大夫有錦襠之賜,今既蒙垂盼,亦欲乞一物為表記,以見均愛。」夏姬笑曰:「錦襠彼自竊去,非妾所贈也。」因附耳曰:「雖在同床,豈無厚薄?」乃自解所穿碧羅襦為贈。儀行父大悅。自此行父往來甚密,孔寧不免稍疏矣。有古詩為證:

    鄭風何其淫?桓武化已渺。士女競私奔,里巷失昏曉。仲子牆欲踰,子充性偏狡。東門憶茹藘,野外生蔓草。搴裳望匪遙,駕車去何杳?青衿縈我心,瓊琚破人老。風雨雞鳴時,相會密以巧。揚水流束薪,讒言莫相攪!習氣多感人,安能自美好?

儀行父為孔寧將錦襠驕了他,今得了碧羅襦,亦誇示於孔寧。孔寧私叩荷華,知夏姬與儀行父相密,心懷妒忌,無計拆他,想出一條計策來:(那陳侯性貪淫樂,久聞夏姬美色,屢次言之,相慕頗切,恨不到手。)「不如引他一同入馬,陳侯必然感我。況陳侯有個暗疾,醫書上名曰:『狐臭』,亦名『腋氣』,夏姬定不喜歡。我去做個貼身幫閒,落得捉空調情,討些便宜。少不得儀大夫稀疏一二分,出了我這點撚酸的惡氣。好計,好計!」遂獨見靈公,閒話間,說及夏姬之美,天下絕無!靈公曰:「寡人亦久聞其名,但年齒已及四旬,恐三月桃花,未免改色矣!」孔寧曰:「夏姬熟曉房中之術,容顏轉嫩,常如十七八歲好女子模樣。且交接之妙,大異尋常,主公一試,自當魂消也。」靈公不覺慾火上炎,面頰發赤,向孔寧曰:「卿何策使寡人與夏姬一會?寡人誓不相負!」孔寧奏曰:「夏氏一向居株林,其地竹木繁盛,可以遊玩。主分明早,只說要幸株林,夏氏必然設享相迎。夏姬有婢,名曰荷華,頗知情事,臣當以主公之意達之,萬無不諧之理。」靈公笑曰:「此事全仗愛卿作成。」

  次日傳旨駕車,微服出遊株林,只教大夫孔寧相隨。孔寧先送信於夏姬,教他治具相候。又露其意於荷華,使之轉達。那邊夏姬,也是個不怕事的主顧,凡事預備停當。靈公一心貪著夏姬,把遊幸當個名色,正是:「竊玉偷香真有意,觀山玩水本無心。」略蹬一時,就轉到夏家。夏姬具禮服出迎,入於廳坐,拜謁致詞曰:「妾男徵舒,出就外傅,不知主公駕臨,有失迎接。」其聲如新鶯巧囀,嚦嚦可聽。靈公視其貌,真天人也!六宮妃嬪,罕有其匹。靈公曰:「寡人偶爾閒遊,輕造尊府,幸勿驚訝。」夏姬斂衽對曰:「主公玉趾下臨,敝廬增色。賤妾備有蔬酒,未敢獻上。」靈公曰:「既費庖廚,不須禮席,聞尊府園亭幽雅,願入觀之,主人盛饌,就彼相擾可也。」夏姬對曰:「自亡夫即世,荒圃久廢掃除,恐慢大駕,賤妾預先告罪!」夏姬應對有序,靈公心中愈加愛重,命夏姬:「換去禮服,引寡人園中一遊。」夏姬卸下禮服,露出一身淡妝,如月下梨花,雪中梅蕊,別是一般雅致。夏姬前導,至於後園。雖然地段不寬,卻有喬松秀柏,奇石名葩,池沼一方,花亭幾座。中間高軒一區,朱欄繡幕,甚是開爽,此乃宴客之所。左右俱有廂房。軒後曲房數層,迴廊周折,直通內寢。園中立有馬廄,乃是養馬去處。園西空地一片,留為射圃。靈公觀看了一回,軒中筵席已具,夏姬執盞定席。靈公賜坐於旁,夏姬謙讓不敢。靈公曰:「主人豈可不坐?」乃命孔寧坐右,夏姬坐左:「今日略去君臣之分,圖個盡歡。」飲酒中間,靈公目不轉睛,夏姬亦流波送盼。靈公酒興帶了癡情,又有孔大夫從旁打和事鼓,酒落快腸,不覺其多。日落西山,左右進燭,洗盞更酌,靈公大醉,倒於席上,鼾鼾睡去。孔寧私謂夏姬曰:「主公久慕容色,今日此來,立心與你求歡,不可違拗。」夏姬微笑不答。孔寧便宜行事,出外安頓隨駕人眾,就便宿歇。夏姬整備錦衾繡枕,假意送入軒中,自己香湯沐浴,以備召幸,止留荷華侍駕。少頃,靈公睡醒,張目問:「是何人?」荷華跪而應曰:「賤婢乃荷華也。奉主母之命,伏侍千歲爺爺。」因取酸梅醒酒湯以進。靈公曰:「此湯何人所造?」荷華答曰:「婢所煎也。」靈公曰:「汝能造梅湯,能為寡人作媒乎?」荷華佯為不知,對曰:「賤婢雖不慣為媒,亦頗知效奔走,但不知千歲爺屬意何人?」靈公曰:「寡人為汝主母,神魂俱亂矣!汝能成就吾事,當厚賜汝。」荷華對曰:「主母殘體,恐不足當貴人,倘蒙不棄,賤婢即當引入。」靈公大喜,即命荷華掌燈引導,曲曲彎彎,直入內室。夏姬明燈獨坐,如有所待。忽聞腳步之聲,方欲啟問,靈公已入戶內。荷華便將銀燈攜出,靈公更不攀話,擁夏姬入帷,解衣共寢。肌膚柔膩,著體欲融,歡會之時,宛如處女。靈公怪而問之。夏姬對曰:「妾有內視之法,雖產子之後,不過三日,充實如故。」靈公嘆曰:「寡人雖遇天上神仙,亦只如此矣!」論起靈公淫具,本不及孔儀二大夫,況帶有暗疾,沒討好處。因他是一國之君,婦人家未免帶三分勢利,不敢嗔嫌,枕席上虛意奉承,靈公遂以為不世之奇遇矣。睡至雞鳴,夏姬促靈公起身,靈公曰:「寡人得交愛卿,回視六官,有如糞土。但不知愛卿心下有分毫及寡人否?」夏姬疑靈公已知孔儀二人往來之事,乃對曰:「賤妾實不相欺,自喪先夫,不能自制,未免失身他人。今既獲侍君侯,從茲當永謝外交,敢復有二心,以取罪戾!」靈公欣然曰:「愛卿平日所交,試為寡人悉數之,不必隱諱。」夏姬對曰:「孔儀二大夫,因撫遺孤,遂及於亂,他實未有也。」靈公笑曰:「怪道孔寧說卿交接之妙,大異尋常,若非親試,何以知之?」夏姬對曰:「賊妾得罪在先,望乞寬宥!」靈公曰:「孔寧有薦賢之美,寡人方懷感激,卿其勿疑。但願與卿常常相見,此情不絕,其任卿所為,不汝禁也。」夏姬對曰:「主公能源源而來,何難常常而見乎?」須臾,靈公起身,夏姬抽自己貼體汗衫,與靈公穿上,曰:「主公見此衫,如見賤妾矣!」荷華取燈,由舊路送歸軒下。天明後,廳事上已備早膳,孔寧率從人駕車伺候。夏姬請靈公登堂,起居問安,庖人進饌。眾人俱有酒食犒勞。食畢,孔寧為靈公御車回朝。百官知陳侯野宿,是日俱集朝門伺候。靈公傳令:「免朝」,逕入宮門去了。儀行父扯住孔寧,盤問主公夜來宿處。孔寧不能諱,只得直言。儀行父知是孔寧所薦,頓足曰:「如此好人情,如何讓你獨做?」孔寧曰:「主公十分得意,第二次你做人情便了。」二人大笑而散。

  次日,靈公早朝,禮畢,百官俱散,召孔寧至前,謝其薦舉夏姬之事。又召儀行父問曰:「如此樂事,何不早奏寡人?你二人卻占先頭,是何道理?」孔寧儀行父齊曰:「臣等並無此事。」靈公曰:「是美人親口所言,卿等不必諱矣。」孔寧對曰:「譬如君有味,臣先嘗之;父有味,子先嘗之。若嘗而不美,不敢進於君也。」靈公笑曰:「不然。譬如熊掌,就讓寡人先嘗也不妨。」孔儀二人俱笑。靈公又曰:「汝二人雖曾入馬,他偏有表記送我。」乃扯襯衣示之曰:「此乃美人所贈,你二人可有麼?」孔寧曰:「臣亦有之。」靈公曰:「贈卿何物?」孔寧撩衣,見其錦襠,曰:「此姬所贈。不但臣有,行父亦有之。」靈公問行父:「卿又是何物?」行父解開碧羅襦,與靈公觀看。靈公大笑曰:「我等三人,隨身俱有質證,異日同往株林,可作連床大會矣!」一君二臣,正在朝堂戲謔。把這話傳出朝門,惱了一位正直之臣,咬牙切齒,大叫道:「朝廷法紀之地,卻如此胡亂,陳國之亡,屈指可待矣!」遂整衣端簡,復身闖入朝門進諫。不知那位官員是誰,再看下回分解。

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