殘唐五代史演義傳第五回 黄巣、長安城に斬り込む (黃巢殺入長安城)
要約
黄巣は蔵梅寺を離れ、街道で落第の挙子の一団に唐の天下を奪う気はあるかと問い、皆従った。巣は金頂太行山に籠って反し宋州に攻め寄せ、朱温・尚譲・柳彦璋・柳彦随・葛従周・鄧天王・孟絶海らを収めて飢えた兵百万を集め、葛従周を総兵、尚譲を軍師として東南の州郡を奪い潼関に至った。潼関の守将李茂・宋真は鄧天王に大敗して長安へ逃げ帰った。巣の兵が八里橋に営を構えると、田令孜の奏により帝は西祁州へ避けた。逸狂の詩は、奸臣に計策無く車駕を移したと嘆く。
巣は葛従周の勧めでまず朱温に宮中を掃わせ、嬪妃采女は逃げ惑った。朱温は後宮で井戸に投じようとする帝の妹玉鑾英を、顔に満ちる紅い光を見て誰何し、まだ嫁がぬと知って自分の夫人になれと告げ、鑾英は従った。時に広平元年の秋七月である。
温は鑾英を軍人の身なりで連れ出した。金吾将軍張方直らが冠冕璽綬を差し出し、巣は太極殿で南面した。国号を大斉、金統元年と改元し、子の球を太子、尚譲を太尉、葛従周を行兵総管とし、旧臣は三品以上を退け四品以下を旧職に留め、諸将に功に応じ爵を賞した。僖宗を追う者を問うと朱温が進み出て精兵一万で追い、逸狂の詩は鑾英の説諭で駕が傷つかなかったと言う。
数日進んだ車駕の前に人馬が現れ、令孜が誰何すると、将は西祁州節度使の鄭畋で、出迎えに来たと答え、王子に叱られて馬を下り拝した。追っ手を迎え撃てと命じられた畋は鉄騎で破ると答え、迫る朱温の人馬に陣を張って先頭に立った。朱温は顔が藍を帯び狼の牙という異相であった。卓吾子は、鄭畋が真っ先に大義を唱えて兵を挙げた志は嘉すべきだと評した。
現代語訳全文
落第挙子を集めて挙兵
- 黄巣は法明を斬ると蔵梅寺を離れ、見通しのよい大きな街道まで進んだ。前方に一団の人々がいるのを見て、巣は大いに喜び、天地に祈って告げた。「わしにもし天下を得る分があるならば、この一団の者をみなわしに帰順させたまえ」と。
- 黄巣は「おまえたちはどこへ行く者か」と大声で叫んだ。その一団は驚いて一斉に跪き、「我らは科挙に及第できなかった挙子でございます」と答えた。
- 巣が「おまえたち、わしに付いて来て、大唐の天下を殺し奪う気はあるか」と問うと、人々は「喜んで大王に従って参ります」と答えた。
- 黄巣はこの一団の助けを得て、ただちに金頂太行山に籠って反し、宋州まで攻め寄せた。半年にも満たぬうちに、朱温・尚譲・柳彦璋・柳彦随・葛従周・鄧天王・孟絶海らを配下に収め、飢えた者たちの兵百万を集めた。
- 葛従周を総兵とし、尚譲を軍師として、東南の州郡を奪い取り、兵を率いてまっすぐ潼関まで至った。
潼関の失陥と西祁州への遷幸
- 関を守る二将の李茂・宋真は巣の将・鄧天王と馬を交えたが、三合にも及ばぬうちに二将は大敗し、潼関を棄てて長安へ逃げ帰り、帝にまみえて奏した。「いま黄巣が飢えた兵百万を率いて潼関を奪いました。臣らでは防ぎきれません。どうか大軍を発して賊衆を討ち滅ぼし、万民を安んじていただきたく存じます」と。帝はこれを聞いて大いに驚いた。
- さらに巣の兵が八里橋に営を構えたとの報せが入った。帝は田令孜を召して「この事をどうすればよいか」と問うた。令孜は「事態はすでに急を告げております。西祁州へ行って兵を避けるに越したことはございません」と奏した。
- 帝が「西祁州のどこに身を置く宮殿があるのか」と問うと、令孜は「かつて七帝明皇が、祿山の漁陽の兵変のため西祁州へ上って兵を避けられ、その折に建てられた宮殿がいまなお残っております」と奏した。
- 帝はただちに旨を伝え、三宮六院、嬪妃や采女をまとめて西祁州へ上らせようとした。令孜は「軍情はいまや急を告げております。ただ君お一人と后お一人がおられれば十分でございます」と奏した。
- その日、田令孜は文武の臣とともに駕を護り、長安を離れてまっすぐ西祁州へ向かった。
- 逸狂の詩に嘆く。潼関が賊に破られて寇の勢いはやまず、堅く守って兵を募っていれば収拾もできたであろうものを、憎むべきは奸臣に計策の無かったこと、そして軽々しく車駕を移して祁州へ上らせたことだ、と。(詩:奸臣を嘆く)
朱温、長安の宮を掃い玉鑾英を得る
- さて黄巣が帳中に坐していると、物見の兵が「僖宗はすでに長安を離れ、西祁州へ向かいました」と報せた。
- 黄巣はただちに将士に命じ、兵を率いて追わせようとした。葛従周が「まず人をやって宮中を襲わせ、殺し尽くして片づけさせたうえで大位にお即きになり、それから追われても遅くはございません」と言うと、巣はその言に従い、朱温に兵を率いさせて宮中を襲い掃討させた。
- 朱温が長安に入ると、唐の宮中はこうであった。黒々と漫々たるいくさの雲が鳳閣を覆い、うす暗く惨たらしい殺気が竜楼を巡っていた。喊声は滾々と沸き立って嬪妃を脅かし、彼女らは慌てて羅の帷へ上がる。戦鼓は咚々と打ち鳴らされ、采女を驚かせて錦の帳へ逃げ込ませる。千秋池のほとりには破れた甲と裂けた旗が投げ捨てられ、万歳山の前には折れた弓と損なわれた矢が散らばっていた。斬り合いは、絳綃楼の下に紅の脂が湿り、白玉城のほとりに血の浪が翻るほどに及んだ。(詩:宮中の惨状)
- 朱温はまっすぐ後宮まで斬り進み、帝の妹・玉鑾英が井戸に身を投げようとしているのを見た。温が前へ出て斬ろうとしたところ、彼女の顔いっぱいに紅い光が満ちているのを見て、剣を押さえて「おまえは何者か」と誰何した。
- 玉鑾英は泣きながら「わたくしは帝の妹でございます」と告げた。温が「嫁いだことはあるか」と問うと、玉鑾英は「まだ人に嫁いでおりません」と答えた。
- 温は鑾英を近くへ寄らせて見ると、月も恥じ花も隠れるほどの美貌、魚も沈み雁も落ちる容であった。そこで温は玉鑾英に告げた。「わしは朱五経の子、朱温という者だ。そなたを夫人に得られれば、わしの願いはかなう」と。鑾英はやむなくこれに従った。時に広平元年の秋七月であった。
黄巣の即位と朱温の追討出立
- 温は鑾英を軍人の身なりに仕立て、兵に紛れ込ませて連れ出した。
- そこで唐の金吾将軍・張方直が文武の臣数十人を率いて巣に帝となるよう請い、冠冕と璽綬を差し出した。巣は太極殿に就いて南面して坐り、文武の官僚の山呼の祝賀を受けた。
- この日、巣は皇帝の位に即き、国号を大斉と定め、元号を改めて金統元年とし、子の球を太子に立て、尚譲を太尉に封じ、葛従周を行兵総管とした。
- 唐の旧臣のうち、三品以上の者はことごとく退けて用いず、四品以下の者はもとの職に留まらせた。
- その他の諸将には、それぞれ功に応じて爵位を賞した。
- そのうえで巣は群臣に問うた。「僖宗はすでに西祁州へ上った。誰が追って行き、後患を絶ってくれるか」と。朱温が「小将が参りとうございます」と奏したので、巣はただちに温に命じ、精兵一万を率いて追わせた。
- 逸狂の詩に言う。その年、逆賊が咸陽を侵し、威をもって鑾輿を迫って遠方へ避けさせた。天は朱温を遣わして急ぎ駕を追わせたが、鑾英が説き諭したおかげで幸いにも傷つくことはなかった、と。(詩:鑾英の勧化)
鄭畋の出迎えと朱温の急追
- 僖宗の車駕が数日進んだところ、ふいに旌旗が日を蔽い、塵土が天を遮って、一陣の人馬が到来した。一同は色を失い、帝も大いに驚いた。
- 田令孜が馬を進めて「来る将は何者か。よくも聖駕を遮るか」と叫ぶと、刺繍の旗の影から一人の将が現れた。金の甲に玉の帯、紫騮の馬に跨がり、宣花斧を手にして「天子はいずこにおわす」と問うた。帝は戦慄して物も言えず、群臣もこれを聞いて手の打ちようが無かった。
- そこへ王子が進み出て「来る者は何者か」と叱りつけた。来る将は「臣は西祁州節度使の鄭畋、わざわざ駕を出迎えに参りました」と答えた。王子が「出迎えに来たと言うなら、天子はここにおわすのに、なぜ馬を下りぬのか」と言うと、畋は慌てて馬を下り、道の左で拝した。
- 帝が「追っ手の兵が大挙して来る。そなたが迎え撃て」と命じると、畋は「陛下、ご心配には及びません。臣が鉄騎を率いてこれを防ぎ、必ずや破ってご覧に入れます」と答えた。
- 言い終わらぬうちに、後方の塵埃の立つあたりで鉦太鼓が一斉に鳴り、朱温の人馬が間近に迫った。畋はすぐさま人馬を繰り広げて陣を張り、月斧を手に、馬を躍らせて先頭に立った。
- 見れば朱温はこうであった。身の丈は一丈、肩幅は並外れて広く、顔は血を噴いたように藍を帯び、歯は狼の牙のようで、耳は両の翼のごとく、髪は蘭のごとく、鬚は紅い。まさしく八臂の哪咤が天の闕を離れて降り立ち、山を開く小鬼が坂を下って来たかのようであった。(詩:朱温の異相)
- 後の事がどうなるかは、次回に続く。
評語
- 卓吾子の評。賊が両京を陥れ、天子が奔り走るというのは、まさに臣子が身を奮い立たせ命を顧みぬべき日である。
- 鄭畋は真っ先に大義を唱え、兵を挙げて賊を討った。功を成し遂げるのを見るには至らなかったが、その志はやはり嘉すべきである、とする。
原文(底本)
黃巢斬了法明,遂離藏梅寺,行至陽關大路,見一伙人在前面,巢大喜,禱告天地曰:「我若有天下之分,將這伙人都歸順於我。」黃巢大叫曰:「你眾人是那裡去的?」唬得那伙人一齊跪下道:「我們是不及第的舉子。」巢問曰:「你們肯跟我前去,殺奪大唐天下麼?」眾人曰:「情願跟大王前去!」黃巢得了這伙人扶助,就反上金頂太行山,殺到宋州。末及半載,收了朱溫、尚讓、柳彥璋、柳彥隨、葛從周、鄧天王、孟絕海等,聚餓夫兵百萬。叫葛從周為總兵,尚讓做軍師,奪了東南州郡,領兵直至潼關。 守關二將李茂、宋真與巢將鄧天王交馬,不及三合,二將大敗,棄了潼關,奔上長安見駕,奏曰:「今有黃巢,領餓夫兵百萬,搶了潼關,臣等抵敵不過,乞發大軍前去,剿除賊眾,以安萬民。」帝聞大驚。又報巢兵到八里橋安營,帝宣田令孜曰:「這事怎了?」令孜奏曰:「事已急矣!不如前往西祁州避兵。」帝問曰:「西祁州那得宮殿安身?」令孜奏曰:「昔日七帝明皇,因祿山漁陽兵變,上西祁州避兵,建立的宮殿尚存。」帝即傳旨,收拾三宮六院,嬪妃采女,上西祁州去。令孜奏曰:「軍情緊急,只一君一後足矣!」當日田令孜同文武保駕,離長安逕上西祁州。 逸狂詩曰: 潼關賊破寇無休,堅守招兵或可收, 恨殺奸臣無計策,輕移車駕上祁州。 卻說黃巢正坐帳中,哨馬報僖宗離了長安,望西祁州去了。 黃巢即令將士領兵追趕。葛從周曰:「且令人先洗宮院,登了大位,那時再去追趕未遲。」巢依言,令朱溫領兵去洗宮院,朱溫進了長安,但見唐宮中: 黑漫漫征雲籠鳳閣,昏慘慘殺氣繞龍樓。喊聲滾滾,嚇嬪妃急登羅幃。戰鼓咚咚,驚采女忙投錦帳。千秋池下,撇了些破甲殘旗;萬歲山前,丟了些折弓損箭。直殺得,絳綃樓下胭脂濕,白玉城邊血浪翻。 朱溫直殺至後宮,見帝妹玉鑾英正欲投井,溫向前將欲殺之,但見紅光滿面,遂按劍喝問曰:「汝何人也?」玉鑾英泣告曰:「妾乃帝之妹也。」溫曰:「可曾婚配麼?」玉鑾英曰:「未曾適人。」溫命鑾英近前,但見有閉月羞花之貌,沉魚落雁之容,遂對玉鑾英曰:「吾乃朱五經之子,朱溫是也,但得汝為夫人,吾之願也。」鑾英勉強從之。時廣平元年秋七月也。 溫將鑾英假裝軍人,相雜而出。於是,唐金吾將軍張方直帥文武數十人,請巢為帝,遂進冠冕璽綬。巢就太極殿,南面而坐,受文武官僚山呼稱賀。是日,巢即皇帝位,國號大齊,改元金統元年,立子球為太子,封尚讓為太尉,葛從周為行兵總管。 唐之舊臣,三品以上者,悉停不用;四品以下者,使居舊職。 其餘諸將,各據功賞爵。遂問眾臣曰:「僖宗既上西祁州去,眾將誰往追之,以絕後患。」朱溫奏曰:「小將願往。」巢即命溫,引精兵一萬追之。 逸狂詩曰: 當年逆賊寇咸陽,威逼鑾輿避遠方, 天使朱溫追駕急,鑾英勸化幸無傷。 僖宗車駕行了數日,忽見旌旗蔽日,塵土遮天,一陣人馬來到,眾皆失色,帝大驚。田令孜出馬曰:「來將何人?敢攔聖駕!」繡旗影裡,閃出一將。金甲玉帶,跨紫騮馬,持宣花斧,便問:「天子何在?」帝戰慄不能語,群臣聞知,皆無所措。王子向前叱曰:「來者何人?」來將曰:「臣是西祁州節度使鄭畋,特來接駕。」王子曰:「既來接駕,天子在此,何不下馬?」畋慌忙下馬,拜於道左。帝曰:「追兵大至,汝可迎敵。」畋曰:「陛下勿憂,臣願領鐵騎相拒,破之必矣!」 言未絕,只見後面塵埃起處,金鼓齊鳴,朱溫人馬至近,畋即將人馬擺開陣勢,手持月斧,躍馬當先。但見朱溫: 身長一丈,膀闊三停,面如噀血藍,齒似狼牙,耳猶兩翼,蘭發紅須,真如八臂哪咤離天闕,開山小鬼下坡來。 欲知後事如何,且看下回分解。 卓吾子評: 賊陷兩京,天子奔走,此正臣子奮不顧身之日。鄭畋首倡大義,舉兵討賊,雖未睹成功,然志亦可嘉。
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