殘唐五代史演義傳第十一回 李晋王、兵を閲し弓の腕を試す (李晉王閱兵試箭)
要約
晋王は打ち殺した虎の頭を兜、皮を袍、脚の皮を靴に仕立て、畢燕撾・𤠯猊の鎧甲・総鉄の長柄槍を作らせて景思に着けさせた。馬に乗ったことのない景思は、良馬を手で一押しして次々と伏させ、晋王が直北四十年で得た千里渾も倒れた。徳威が勇将には雄馬が要ると言い、晋王は西涼州が献じた鉄索で繋いだ馬を牽かせた。景思は吼えて躍りかかる馬を躱してたてがみを掴んで跳び乗ったが、馬は坂も嶺も越えて走り去った。晋王は命を失うと驚いたが、景思は駆け戻り、馬はよいが腰が軟らかいと言った。
晋王は喜んで景思を十三太保に昇せ、名を李存孝と改めて飛虎大将軍と号し、薛鉄山・賀黒虎を副将に付け飛虎兵三千を帯びさせた。存孝は拝謝して晋王を父王と呼んだ。蕭・劉の二妃が鄧瑞雲を送って存孝と夫婦の契りを結ばせ、祝宴を設けた。翌日、存孝が先鋒を願うと晋王は印を与えようとしたが、徳威が、旧きを棄てて新しきを迎えると議されると止め、弓比べで三箭とも紅心に中てた者に印を与えれば衆口を塞げると言い、晋王は従った。
晋王は沖天冠と袞竜の袍で座し、紅錦の戦袍を垂れ柳に掛け、百歩を隔てて的を設けた。紅を着た十三太保と緑を着た五百の家将が二隊に分かれた。太保の康君利は矢が届かず落ち、怒った晋王が斬れと命じたのを徳威が諫めて皮鞭四十に留めた。君利は恨みと嫉妬を積み、存孝を害そうと思うようになった。副将の夏日新は一箭を紅心に中て、四太保の李従信は三箭のうち一箭、大太保の李嗣源は背に射て二箭を中てたが、いずれも令に足りなかった。
最後に李存孝が放った三箭はいずれも紅心に中り、さらに柳の梢を射切って落ちた錦袍をまとい、拝謝した。晋王は存孝を先鋒に任じて酒を設けた。轅門の外に兵が挑むと聞くと、存孝は杯を留めておけと言って出、飛虎山の大将安休休・薛阿檀を一喝して生け捕り、酒が冷めぬうちに戻った。晋王は二将を存孝の帳下に付け、存孝は二人と矢を折って兄弟の盟いを結んだ。居延川に一月留まった軍は飛虎山を離れて中原へ進み、大潼城に至った。鎮守官の李友金は出迎えて晋王を皇兄と称し、ともに巣賊を破りたいと請うたが、召す詔がないと知った晋王は断り、代わりに史敬思・郭景の二将と二万の軍を託された。晋王は河中府へ向かい、石嶺関が近いと報せを受けて営を構え、翌日の関攻めに備えた。
現代語訳全文
虎皮の装備と荒馬の乗りこなし
- 安景思を得た晋王は喜びに堪えず、その日のうちに打ち殺した虎を良工に命じ、頭を割いて兜とし、皮を剥いで袍とし、脚の皮を靴に仕立てさせた。さらに鍛冶に命じて畢燕撾・𤠯猊の鎧甲・総鉄造りの長柄槍を一そろい作らせ、景思に全身を着飾らせた。
- 晋王が「安景思、馬に乗れるか」と問うと、景思は「私はもともと馬に乗ったことがありません。今、試してみたく存じます」と答えた。晋王が将校に良馬を数頭選ばせて帳前に引かせると、景思は手で一押ししただけで、その馬は地に伏して倒れた。続けて数頭の良馬を同じように押し倒した。
- 周徳威が「勇将には必ず雄馬が要ります。陣に臨んでこそ大事を成せましょう」と言った。晋王は「わしは直北にいた四十年、ようやく一匹の良馬を手に入れた。名は千里渾という。すぐに牽いて来て彼に乗せよ」と言った。景思がまたその馬を一押しすると、馬もやはり倒れた。
- 晋王は「これを将として用いるならば、いったい何に乗せればよいのか。そういえば西涼州がわしに献じた良馬はどこにあったか」と言った。嗣源が「後営で二条の鉄索を背に係け、四つの蹄はみな鉄索で絆いであります。人が近づけません」と答えると、晋王は「急ぎ鉄索を解き、景思のもとへ牽いて来い。あとは自分で行って手なずけさせよ」と命じた。
- 景思は喜んで畢燕撾と総鉄造りの長柄槍を提げ、後営へ行って一目見た。その馬は景思に向かって大きく吼え、躍りかかって来た。景思は身をかわしてこれを躱し、左手でたてがみを掴んで身を翻して跳び乗り、営の前へ駆け出した。この馬は長らく人を乗せておらず、景思を乗せたまま坂を越え嶺を越えて、まっすぐに走り去ってしまった。
- 晋王は卓を叩いて大いに驚き、周徳威に「そなたが勇将には良馬が要ると申したばかりに、恐らくその命を失うことになろう」と言った。言い終わらぬうちに、景思が飛ぶように馬を駆り、山の坡の裏から走り出てくるのが見えた。
十三太保李存孝の誕生
- 晋王は人も馬も無事なのを見て、大いに喜び「この馬は使い物になるか」と問うた。景思は「馬はよいのですが、いくらか腰が軟らかい。まあこれで乗りましょう」と答えた。晋王がすぐに装いを整えさせて帳前に立たせると、まことに英雄であった。
- 晋王は十分に喜び、「わしには十二太保がおり、皆わが恩によって養った者たちである。親疎に違いはあっても、一体にまさる間柄だ。今そなたを昇して十三太保とし、名を李存孝と改め、飛虎大将軍と号せしめる。なお薛鉄山・賀黒虎の二人をそなたの副将とし、指図を受けさせる。飛虎兵三千を帯びさせ、日を限って出発させよう」と言った。存孝は拝謝し、そのまま晋王を父王と呼んだ。
- その日、晋王は帳中に戻り、蕭・劉の二妃に鄧瑞雲を送らせて、存孝と夫婦の契りを結ばせた。二人が婚礼を終えると、そのまま合巹の祝宴を設けて祝賀した。
- 晋王が心を推して人を用いたことについて、後人にこれを賛じる詩がある(詩:晋王が心を推して良将を得る)
- 存孝を嘆じる一絶がある(詩:石人を父と呼ばれた勇漢の出世)
- 後人にはさらにもう一首の賛がある(詩:夢のお告げが導いた翠岩の猛将)
先鋒の印を賭けた弓比べ
- さて晋王は翌日帳に登り、文武の恭賀の礼が済むと、存孝は「父王が至親として遇してくださること、ありがたく存じます。子として先鋒を務めたく存じます」と謝した。晋王はその志を壮として、すぐに印を取って与えようとした。
- 周徳威が「なりません。大王の部下には五百の家将、十二太保がおります。この印をそのまま存孝に掛けさせては、大王が旧きを棄てて新しきを迎える意ありと人に議論されるのを恐れます」と止めた。晋王が「そなたにはどのような案があるか」と問うと、徳威は「諸人と存孝をともに営前で弓比べさせ、勝負を分けるのがようございます。三箭とも紅心に中てた者に先鋒の印を与えれば、衆口を塞ぐことができましょう」と答えた。晋王は「そなたの言うことには理がある」と言った。
- その日、晋王は沖天冠を戴き袞竜の袍を着け、玉帯に珠履を履いて正中に座し、諸将が左右に侍立した。晋王は諸将に弓箭を比べさせて先鋒を定めることとし、紅錦の戦袍一領を垂れ柳の上に掛け、また一つの的を設けて百歩を隔てて境とした。諸将は二隊に分かれ、十三太保は紅を着け、五百の家将は緑を着け、それぞれ飾り弓と長箭を帯び、鞍に跨って馬を立て、指揮を待った。晋王は令を伝えて「三箭とも紅心に中てた者があれば、鉦と太鼓を鳴らして応じ、そのまま紅袍を賞し賜り、先鋒の印を掛けさせよう」と告げた。
康君利の失態と諸将の射
- 晋王が諸将にまず射よと命じると、言い終わらぬうちに紅袍の隊から一将が馬を駆って進み出た。見れば太保の康君利であった。馬を飛ばして三度往復し、矢をつがえて弓をいっぱいに引き絞り、一箭を放ったが、その矢は紅心に及ばぬうちにすでに落地し、鉦太鼓は静まり返ったままであった。
- 晋王は大いに怒り「一箭さえ中てられぬ者が、どうして先鋒の印を望めようか」と言い、君利を引き出して斬れと命じた。徳威は慌てて跪いて「いまだ出陣もせぬうちに、どうして先に家将を斬れましょうか。軍のために不利かと存じます。ひとまず過ちを記すにとどめ、後に功を立てて罪を贖わせなさいませ」と諫めた。晋王は「そういうことなら、すべてを赦すわけにはいかぬ」と言い、そのまま引き据えさせて皮鞭四十を重く打たせた。晋王の怒気はやや収まり、康君利は恥じ入って顔を赤らめて退いた。これより康君利は恨みを胸に積み、日ごとに嫉妬の心を生じて、存孝を害そうとする思いを抱くようになった。
- 晋王が諸将にさらに試みよと言うと、緑袍の隊から一将が奮い立って進み出た。見れば副将の夏日新であった。馬を駆って的を一巡し、二番目の一箭がまさに紅心に中り、鉦太鼓が一斉に鳴った。日新は「早く袍と印を持って来い」と呼んだが、晋王は「この一箭だけでは、いまだその職に当たるに足らぬ」と言った。
- 紅袍の隊から一将が馬を飛ばして進み出て「わしの射るのを見よ、そなたら二人の腕前を明らかにしてやろう」と言った。弓をいっぱいに引き絞り、続けて三箭を放ったが、紅心に中ったのはただ一箭であった。皆が喝采した。四太保の李従信であった。従信は「わしは一箭中てた。この袍は得られぬとしても、先鋒の印は得てしかるべきだ」と言った。晋王は「わしには先に言い渡した言葉がある。そなたはなぜ令を犯すのか」と言い、従信は黙って言葉が無かった。
- 紅袍の隊からまた一将が進み出て「そなたら二人が紅心に中てたくらいで、どうして珍しいことがあろうか。わしが三箭続けて射るのを見よ」と言った。大太保の李嗣源であった。馬を飛ばして身を翻し、背に向けて三箭を射ると、二箭が紅心に中った。嗣源は「わしは身を翻して背に射て、それでも二箭を中てた。この印と袍はわしが得るべきである」と言った。
存孝三箭みな紅心、先鋒に就く
- 言い終わらぬうちに、紅袍の隊からまた一将が馬を飛ばして進み出て「そなたの身を翻しての背射は見事だ。今度はわしが紅心を射るのを見よ」と言った。
- 見ればその人の出で立ちが示された(詩:虎皮の頭巾と豹皮の袴に燕檛を提げた姿)
- なおその鞍馬・弓矢の装いをうたう詩が示された(詩:五明の駿馬に紅錦の戦袍を着けた姿)
- その者こそ李存孝であった。馬を駆って境の口まで進み、身をひねって続けて三箭を放つと、いずれも紅心に中り、一同は喝采した。存孝は厲声を張り上げて「わしは今、三箭とも紅心に中てた。先鋒は決まったぞ。この上はこの錦袍だけを取って、英雄の腕前を示してみせよう」と大声で言った。弓に矢をつがえ、まっすぐ柳の梢を射ると、一箭で柳の梢が射切られて錦袍が落ちた。存孝は馬を飛ばして錦袍を取り、これを身にまとって一巡り駆けめぐると、馬を下りて晋王の前で拝謝した。晋王はそのまま存孝を先鋒に任じ、酒を設けて祝った。
安休休・薛阿檀を生け捕る
- ふいに轅門の外に一隊の兵が来て戦いを挑んでいるとの知らせが入った。存孝は「父王、杯の酒はそのままお留め置きください。子が一将を捕らえて参ってから飲みましょう」と言い、身を躍らせて馬に乗り営を出て「来たる将は何者か」と大声で叫んだ。
- 二人は「われらは飛虎山の大将、安休休・薛阿檀である」と答えた。存孝は言葉も返さずに馬を進め、二将が一斉に迎え撃つところを、大喝一声とともに二人ながら生け捕りにし、馬を返して営に戻った。そのときまだ酒は冷めていなかった。
- 晋王は大いに喜び、二将を存孝の帳下に帰属させた。存孝は二人と兄弟の契りを結び、矢を折って盟いとし、永く互いに助け合うこととした。
大潼城の李友金と石嶺関への進発
- さて晋王は存孝を得てから居延川に一月留まっていたが、軍情が急を告げるので久しく留まってはいられず、令を伝えて陣営を払い出発した。砲声一発とともに大隊の軍馬は飛虎山を離れ、中原を望んで進発し、日は行軍し夜は宿営するうち、いつしか大潼城に至った。
- 物見の報せに、大潼の鎮守官・李友金が衆を率いて出迎えるという。晋王は城に入り、軍馬を落ち着けるよう吩咐した。友金が府に至って相見え、互いに礼を交わし終えると、友金は晋王を皇兄と称し、晋王は友金を御弟と呼んだ。
- 友金は盛大な筵席を設けて晋王と諸将官をもてなした。酒が二巡したところで、友金は立ち上がって晋王に「皇兄が長安へお上りになるなら、小弟をお連れくださり、本部の人馬を率いてともに巣賊を破りにゆきたく存じますが、いかがでしょうか」と言った。晋王が「朝廷からそなたを召す旨の詔があったか」と問うと、友金は「ございません」と答えた。
- 晋王は「聖旨がない以上、わしがどうして勝手にそなたを連れて行けようか」と言った。友金は「私が行かぬのであれば、大将二員に二万の軍を領させて皇兄をお助けしたく存じますが、よろしいでしょうか」と言い、晋王はこれを承諾して「その二将は誰か」と問うた。友金は「一人は史敬思、一人は郭景と申します」と答えた。
- 友金はそこで二将を晋王に見えさせ、叩頭の礼をとらせた。
- 晋王は友金に別れを告げ、令を伝えて軍を急がせ、河中府へ向けて進発した。二日と行かぬうちに、物見が石嶺関が間近であると報せてきたので、晋王は令を伝えて営を構えて休息させ、翌日の関攻めに備えた。関をどう攻めるかは、次回に語られる。石嶺関を題した詩が示された(詩:万仞の険に築かれた雄関と英雄の胆寒)
原文(底本)
卻說晉王既得了安景思,不勝大喜,當日遂將打死的虎,令良匠割頭為盔,剝皮為袍,腳皮為靴,又令鐵匠打造畢燕撾、𤠯猊鎧甲、渾鐵搠一齊完備,賜景思全身披掛。晉王曰:「安景思,你會騎馬否?」景思曰:「我自來不會騎馬,今願試之。」晉王命將校選幾匹好馬,到帳前來,景思用手一按,那馬撲地而倒,一連按倒數匹好馬。周德威曰:「勇將必須雄馬,臨陣才能成得大事。」晉王曰:「我在直北四十年,只討得一匹好馬,名喚千里渾,快牽來與他騎。」景思仍將馬一按,那馬亦倒地,晉王曰:「如用此為將,甚與他騎?想起來西涼州進我一匹好馬在哪裡?」嗣源應曰:「在後營用兩條鐵索係在脊上,,四蹄俱是鐵索絆定,人不敢近。」晉王曰:「快將鐵索解去,牽來與景思,自去降伏。」景思欣然提著畢燕撾渾鐵搠,到後營一覷,那馬望景思大吼,撲將起來,景思側身一躲,左手抓住鬃鬣,翻身跳上,跑出營前。此馬久不騎人,馱得景思,漫坡越嶺,一逕飛跑去了。晉王拍案大驚,謂周德威曰:「你說勇將須要好馬,今恐喪其命。」言未畢,只見景思跨馬如毪,從山坡後跑將出來。 晉王看得見人馬無恙,大喜曰:「這馬中用否?」景思曰:「馬便好,只是有些腰軟,將就騎著罷。」晉王即命結束披掛,立在帳前,果是英雄。晉王看十分歡喜,乃曰:「吾有十二太保,皆吾恩養,雖親疏不同,勝如一體,今升汝做個十三太保,改名李存孝,稱號飛虎大將軍,仍使薛鐵山、賀黑虎二人為汝副將,聽受約束,隨帶飛虎兵三千,剋日起程。存孝拜謝,遂以父王呼之。 當日,晉王回入帳中,令蕭劉二妃,送鄧瑞雲去,與存孝成其夫婦。二人行婚禮畢,即設合巹喜筵慶賀,不在話下。後人因晉王推心用人,有詩贊曰: 古雲良將至難求,英雄誰不覓封侯, 晉王只為推心腹,贏得勛名到白頭。 歎存孝一絕云: 石父昂昂豈化胎,天生勇漢作良材, 牧羊臥處誰曾問,一日聲名遍九垓。 後人又贊一絕云: 翠岩曲澗水潺潺,猛將連年屈此間, 若非夢兆先垂報,誰向岩前望遠山。 卻說晉王次日升帳,文武恭賀禮畢,存孝謝曰:「蒙父王視以至親,兒乞為先鋒。」晉王乃壯其志,即取印與之。周德威曰:「不可,大王部下,有五百家將,十二太保,便將此印與存孝掛,誠恐人議論大王有棄舊迎新之意。」晉王曰:「汝何主意?」德威曰:「可令眾人與存孝同到營前比箭,分其勝負,如射得三箭中紅心者,與以先鋒印,方可以掩眾口。」晉王曰:「汝言有理!」是日,晉王戴沖天冠,穿袞龍袍,玉帶珠履,正中而坐,諸將侍立左右。晉王令諸將比試弓箭,定下先鋒,將紅錦戰袍一領,掛於垂楊之上,又設一箭垛,離百步為界,眾將分為兩隊,十三太保穿紅,五百家將穿綠,各帶雕弓長箭,跨鞍立馬,聽候指揮。晉王傳令曰:「如有射得三箭中紅心者,鳴金擊鼓以應之,即將紅袍賞賜,隨令掛先鋒櫻晉王教諸將先射,言未竟聲,紅袍隊中一將,驟馬持弓而出,眾視之,乃是太保康君利,把馬飛縱,來往三遭,搭上箭,扣滿弓,放射一箭,其箭未及射到紅心上面,已自落地,金鼓寂然。晉王大怒曰:「一箭尤然不中,安敢望掛先鋒印乎?」喝令推出君利斬之。德威慌忙跪下告曰:「未曾出軍,豈先斬家將乎?恐於軍不利。權記過,後去將功贖罪。」晉王曰:「既如此,難以全免。」隨令拿下,重打四十皮鞭。晉王怒氣略息,康君利羞慚滿面而退。是此康君利積恨於懷,每日生嫉妒,有害存孝之意。 晉王叫眾將來試,只見綠袍隊中一將,奮武而出,眾視之,乃副將夏日新也,遂驟馬持弓,看垛一遭,第二番一箭正中紅心,金鼓齊鳴。日新呼曰:「快取袍印過來!」晉王曰:「只此一箭,未足以當此職。」紅袍隊中一將,飛馬出曰:「看我射來,顯汝二人手段。」拽滿雕弓,連射三箭,只有一箭中紅心。眾皆喝采,乃四太保李從信也。從信曰:「吾中一箭,不得此袍,合得先鋒印。」晉王曰:「吾有言在先,汝何犯令耶?」從信默默無言。紅袍隊中一將出曰:「你二人射中紅心,豈足為奇?看我連射三箭來。」乃大太保李嗣源也。飛馬翻身,背射三箭,二中紅心。嗣源曰:「吾翻身背射,中卻二箭,合得此印與袍。」 言未絕,紅袍隊中一將,飛馬出曰:「汝翻身背射奇,看我射紅心。」但見那人: 虎皮磕腦豹皮褌,襯甲衣籠細織金,手內燕檛光閃閃,腰間利劍冷森森。 又有詩云: 蜀錦鞍韉寶鐙光,五明駿馬玉玎璫, 虎筋弦扣雕弓硬,燕尾梢攢箭羽長, 紅錦袍明金孔雀,綠配鞓帶束紫鴛鴦, 參差半露黃金甲,手執銀絲鐵桿槍。 其人乃李存孝也。驟馬到界口,扭回身,連射三箭,皆中紅心,眾人喝采。存孝厲聲大呼曰:「吾今三箭皆中紅心,先鋒定矣!看我單取錦袍,以示英雄。」拈弓搭箭,逕往柳梢射之,一箭射斷柳梢,錦袍墜下,存孝飛馬取錦袍披於身上,往來馳驟一遭,下馬對晉王面前拜謝。晉王遂令存孝為先鋒,設酒相慶。 忽報轅門外有一支兵來索戰,存孝曰:「父王且留杯中酒,待兒去拿一將來才飲。」言畢,飛身上馬出營,大叫:「來將何人?」二人答曰:「吾乃飛虎山大將安休休、薛阿檀是也!」存孝更不答話,拍馬向前,二將一齊迎敵,被存孝大喝一聲,把二將活擒過來,勒馬回營,其時酒尚未寒。晉王大喜,即使二將歸存孝帳下,存孝與之結為兄弟,折箭為盟,永相救援。 卻說晉王因收了存孝,在居延川上住了一月,軍情緊急,不敢久停。晉王傳令,拔寨起程,一聲炮響,大隊軍馬離子飛虎山,望中原進發,日行夜宿,不覺已到大潼城。哨馬報說,大潼鎮守官李友金領眾迎接。晉王入城,吩咐軍馬安下,友金至府相見,各敘禮畢,友金稱晉王為皇兄,晉王呼友金為御弟。 友金大設筵席,款待晉王及諸將官,酒至二巡,友金起身謂晉王曰:「皇兄上長安,乞帶小弟,領本部人馬,一同去破巢如何?」晉王曰:「朝廷曾有旨取爾否?」友金曰:「並無。」 晉王曰:「既無聖旨,吾豈敢擅自帶爾去?」友金曰:「吾既不去,願令大將兩員領軍二萬,相助皇兄可否?」晉王允諾,並問:「二將是誰?」友金曰:「一名史敬思,一名郭景。」 友金遂令二將見王叩頭。 晉王辭別友金,傳令催軍趲行,望河中府進發。行不二日,哨馬報說,前近石嶺關。晉王傳令,安營歇息,準備次日打關。 欲知攻關如何,且看下回分解。有詩題石嶺關曰: 一派巉岩萬仞山,天然險峻建雄關,俯觀平地果何遠,仰望雲霄去不難,車馬驅馳須按步,雁鴻飛度怕重還。 由來多少英雄漢,到此應教膽戰寒。
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