殘唐五代史演義傳第二十回 滅巣山で黄巣、自刎する (滅巢山黃巢自刎)
要約
黄巣は葛従周とともに昼夜進んで覇陵川に至り、陣を張って三更に営を襲おうとした。従周の勧めで斥候を出すと、晋王の陣では八更を打っているという。従周は、晋王は酒宴ばかりで軍務を整えぬから軍士も更を打ち違えるのだ、今宵かぎりだと説き、砲声を合図に一斉に斬り込んだ。だが旗は支え木ばかり、太鼓は吊るした羊が足掻いて鳴らすだけの空陣で、従周は計にはまったと叫んで退却を命じた。
退く黄巣軍は踏み合って多くの死者を出し、夜明けに周徳威の陣から砲声が起こると四方の伏兵が現れて取り囲んだ。徳威が背後から斬りかかり、南は晋王、北は李嗣源、東は赫連鐸ら四路に阻まれ、黄巣と従周は西路の康君利と力戦してようやく抜け出た。晋王は西に伏せた康君利・李存信の梟首を命じたが、徳威が巣賊を生け捕ってからでよいと取りなした。大道で飛虎の旗が翻ると、尚譲・斉克譲・葛従周ら七将は逃げ散った。
存孝が黄巣を追うと、山中で行く手を塞いだ金頂太行山の大将韓忠が斧で斬りかかったが、存孝はこれを押し返し、韓忠を掴んで山下へ投げ落とし肉泥にした。甥の黄勉と逃げる道端の石碑には滅巣山・鴉児谷こそ黄巣の死ぬべき所と刻まれており、黄巣は命運は逃れられぬと言い、項羽の例を挙げて自ら首を刎ね、首級を黄勉に唐の将へ献じさせた。追いついた存孝が父王に報じると、晋王は自分が巣を槍で刺し落として斬ったと偽る黄勉を、四年の富貴を受けた身の不忠不孝と断じて斬らせた。首級を改めると眉は八の字、歯は二本並び、鼻に三つの穴があった。徳威は、僖宗が醜貌を嫌って朝門から突き出させたため黄巣が檄文を作って金頂太行山に拠り、半年で飢えた者五百万を集めて二京を奪ったのだと語り、早く長安に入って宮を清め、西祁州へ還御を請えと進言した。
現代語訳全文
覇陵川の空陣
黄巣は葛従周の軍とともに昼夜を分かたず進み、覇陵川まで来た。晋王の陣営まで十余里と離れていないところで全軍に陣を張らせ、黄巣は「今夜三更に営を襲うぞ」と言う。日が暮れて三更になると、黄巣はさっそく軍を急き立てて進ませた。
葛従周は「みだりに動いてはなりません。まず小勢を出して備えがあるかどうか探らせ、それから兵を進めましょう」と止め、黄巣も「もっともだ」と同意して斥候を出した。ほどなく戻った斥候は「晋王の陣では八更を打っております」と報じる。黄巣は怒って「昔から更は五つまでだ。八更などという道理があるか」と言うが、従周は「晋王は今宵かぎりでしょう」と応じた。黄巣が理由を問うと、従周は「晋王は酒色に溺れる男で、酒宴を楽しむばかりで軍務を整えぬ。だから軍士も気を入れず、更の数を打ち違えるのです」と説く。そこで全軍に力を尽くせと号令し、砲声を合図に一斉に営へ斬り込んだ。
ところが入ってみれば、地面に立つ旗は旗を支える木具ばかり、陣中で鳴る太鼓は吊るした羊が足掻いて打っているだけの、もぬけの殻であった。この空陣のさまが一対の句で示される。(対句一聯)
黄巣は仰天し、従周は「敵の計にはまった」と叫んで、全軍に急ぎ退けと命じた。
四方の伏兵と西路の突破
退く黄巣軍は同士討ちのように踏み合い、死者は数え切れなかった。逃げるうちに空が白みかけたころ、周徳威の陣から砲声が起こり、伏兵が四方八方から現れて黄巣軍をぐるりと取り囲む。喊声は大いに湧き、鉦と太鼓が一斉に鳴り響いた。その情景は、戦鼓の響きは春雷が地を震わすよう、ひるがえる旌旗は暁の霧が空に立ちこめるよう、昨夜は黄巨天が喜び勇んで生門に入ったのに、今や葛従周は活路を見出せない、と対句仕立てで語られる。(対句一節)
黄巣の兵は肝をつぶし力も尽きて、踏みとどまって戦おうとせず、めいめい命からがら逃げ出した。周徳威は背後からひたすら斬りかかる。従周らは馬を南へ向けたが、南からは晋王の軍が斬り出し、君臣は矛を返して北へ逃げたが李嗣源が兵を急がせて迫る。東へ向かえば赫連鐸ら四路の軍勢が現れた。そこで西路から斬り抜けようとすると、そこにも康君利の一隊が現れる。従周と黄巣は君利と力戦して、ようやく身をもぎ離した。
黄巣が西路から逃げたと知った晋王は「西路に伏せていたのは誰か」と問う。軍士が「康君利と李存信でございます」と答えると、晋王は首斬り役の兵に二人を引き据えて梟首せよと命じた。周徳威が「巣賊を生け捕ってから斬っても遅くはありますまい」と取りなした。
飛虎の旗と七将の四散
覇陵川を斬り抜けた黄巣は長安への大道をたどりながら、諸将に「一晩じゅう飛虎将軍を見ずに済んだのは幸いだった」と洩らす。七将は「存孝が来ぬうちは君臣も一つ所にいられますが、存孝が来ればそれぞれが活路を探すまで。そのときは互いに構ってはいられませぬ」と答えた。その言葉が終わらぬうちに、草の生えた坂の陰からあの飛虎の旗が翻り出る。尚譲・斉克譲・傅道昭・景祥・柳彦璋・柳彦随・葛従周はそれと見るや、言葉どおりめいめい逃げ散った。この七将は後に朱温の配下へ身を投じるが、それはここでは語らない。
韓忠の最期
六将が「兄者、あの逍遥馬に乗った黄袍の男こそ黄巣だ」と叫び、存孝は馬を飛ばして追った。このとき黄巣は甥の黄勉とただ二人、山中へ逃げ込んでいた。行く手を一隊が塞ぎ、その主将が「来たるは何者か」と誰何する。黄巣は涙ながらに「われは長安の大斉王である」と名乗った。将は馬上から「これは陛下がおいででしたか。臣は金頂太行山の大将韓忠にございます。わが主はひとまず牛皮の宝帳で馬をお休めください。臣が存孝を生け捕って罪を問うてまいります」と言う。黄勉は「この大口叩きの賊も、存孝を見れば死ぬだけのこと。早く逃げるに越したことはありません」と言った。追いついた存孝が「素直に降れば命は助けてやる」と呼ばわると、韓忠は激怒して斧を振り下ろす。存孝は斧を押し返し、韓忠を馬から掴み取って山下へ投げ落とし、一塊の肉泥にした。
滅巣山の自刎
進みながら、後ろを行く黄勉は胸のうちで考えた。この昏君について行っても、存孝が追いつけば自分まで死ぬ。いっそこの男の急所のみぞおちを一槍で突いて馬から落とし、首級を取って唐の将に献じ、功をもって罪を償えばよいではないか、と。二騎が進むと道端に石碑があり、「滅巣山、鴉児谷、まさに黄巣の死ぬべき所」と二行の大字が刻まれていた。黄巣は黄勉に「ここが滅巣山・鴉児谷か。鴉が巣に入れば巣は必ず壊れる。わが命運は逃れられぬ。昔、項羽は烏江で自刎し、首級を同郷の呂馬通に与えた。今おまえとわしは血を分けた身内だ。わしが自ら首を刎ねるから、それを唐の将に献じて末永く富貴を受けよ」と言い、剣を抜いて天を仰ぎ、幾度か長く嘆息してから自刎し、首は地に落ちた。
逸狂は、滅巣山の鴉児谷こそ位を簒奪した賊が運命の尽きたと知るべき地であり、自刎しても天下の恨みは消えず、今なお啼く鳥の恨みは尽きない、と詠んだ。(詩一首)
存孝の戦功報告と黄勉の処断
黄勉が首級を手にしたところへ存孝が追いつく。黄勉は「太保、お助けを。小将が特に黄巣の首級を献じます」と叫んだ。存孝が「おまえは何者だ」と問うと、「黄巣の甥の黄勉にございます」と答える。言い終わらぬうちに晋王の軍が到着した。存孝は父王を仰いで拝し、「私は黄巣を滅巣山・鴉児谷まで追い詰めて死に追いやりました。巣の甥の黄勉が首級を斬り、ここに献じております」と報告する。
晋王は黄勉を召し出し、「黄巣はどうして死ぬ気になったのか」と問うた。黄勉は「臣が黄巣の急所のみぞおちを一槍で突いて馬から刺し落とし、首を斬って大王に献じ、功をもって罪を償おうとするものです」と偽って申し立てる。晋王が「おまえの官職は何だ」と問うと、「巣の在世の間は、兄弟の子も姉妹の子も分け隔てなくみな一字並肩王でございました」と答えた。「巣賊は何年位に就いていた」と問えば「四年でございます」と言う。晋王は「ならばおまえも四年の富貴を受けた身だ。わしの手元には五百人の家将と十三太保がおり、実の子は一人だけで、残りはみな義子だ。おまえのような不忠不孝、恩も義も知らぬ輩を彼らが見習い、人の道が崩れてしまってはどうする」と断じ、首斬り役の兵に「引き出して斬り、衆にさらせ」と命じた。
晋王が黄巣の首級を取り寄せて改めると、なるほど眉は八の字に横たわり、歯は二本並び、鼻には三つの穴があいていた。
徳威の進言
晋王が周徳威に「この者はなぜこんな異相に生まれついたのか」と尋ねると、徳威はいきさつを語った。かつて僖宗がその醜い容貌を嫌って朝門から突き出させたため、黄巣は反乱の檄文を作って金頂太行山に拠り、わずか半年で飢えた者五百万を集め、東西の二京を奪ったのだ、と。そのうえで「大王はこのような者に目を留められますな。早く長安城に入って三宮六院を掃き清め、官を遣わし将を差し向けて西祁州へ還御を請い、万民を安んじられませ」と進言した。この先どうなるかは、次回に続く。
逸狂はまた、百年の人生は草に置く霜のようにはかないのに、分不相応に君王の座を望んだ、竜袍を身にまとえばこの上なく尊く見えても、鴉児谷に身を捨てた最期は惨ましい、血の水は逆流して河は湧き溢れ、魂は悲しみに沈んで日の光も失せた、黄屋の居が長く保てぬと早くから知っていたなら、林泉に遊ぶ楽しみのほうがよほど長かったろうに、と詠んだ。(詩一首)
さらに黄勉を譏る詩があり、黄勉には叔父と甥の情がまるでなく、平気で巣の首を唐の陣に献じた、恩を忘れて禄を慕う心を天は見ていたのであり、轅門で即座に斬られたことで大義が明らかになった、と詠まれる。(詩一首)
評語
卓吾子の評。僖宗が還朝する日はいずれ来るにせよ、かつて罪を赦された恩に対する克用の報いはこれで尽くされた。黄巣を破り長安を回復したことは、『綱目』が大書してその功績を書き連ねているとおりである。ああ、克用はこれでこそ非の打ちどころのない人物となり得たのだ。
原文(底本)
卻說黃巢與葛從周人馬,不分晝夜,正來到霸陵川,遠晉王營寨不上十餘里路,即令眾軍安營。黃巢曰:「今晚三更時分,好去劫營。」不覺天色已晚,三更時分巢即催督人馬而進。 葛從周曰:「不可妄動,且差小軍前去探聽他有準備否?然後進兵。」巢曰:「此言極是!」即差小軍前去,不移時,即回報曰:「晉王營裡打八更了!」巢大怒曰:「自古至今,只有五更,那有八更之理?」從周曰:「晉王今宵合休矣!」巢曰:「怎見得?」從周曰:「晉王是個酒色之徒,只顧飲酒為樂,不思整理軍情,以致軍士不肯用心,錯打更數。」即喝令眾軍用心努力,一聲炮響,眾軍殺進營來。只見: 地上插旗惟伏兔,營中打鼓是懸羊。 黃巢大驚,從周曰:「中了賊人之計。」急令諸軍快走。 於是眾人自相踐踏,死者不計其數。正走之間,不覺天色漸明,忽聽得周德威營中一聲炮響,領兵殺出,四面八方,團團圍住巢軍。只聽得喊聲大振,金鼓齊鳴。恰正是: 戰鼓咚咚,好似春雷震地;旌旗閃閃,猶如曉霧漫空。昨夜裡,黃巨天喜入生門,這時節,葛從周難尋活路。 黃巢部下眾軍,心驚力乏,不敢戀戰,各自逃生。周德威後面,只顧殺來。葛從周等策馬投南而走,不料南首晉王領兵殺出。君臣倒戈,望北面逃,不料李嗣源催兵殺來。君臣又投東而走,只見赫連鐸等四路軍馬殺將出來。於是從西路殺出,正遇康君利等一支兵殺來。從周同黃巢力戰君利,方得脫身。 卻說黃巢從西路走了,晉王問:「是哪個在西路埋伏!」 軍士報曰:「是康君利、李存信埋伏在西路。」晉王叫刀斧手拿下二人梟首。德威曰:「待擒了巢賊,再斬未遲。」 卻說黃巢殺出霸陵川,望長安大道而走,且與眾將曰:「喜得一夜不曾見飛虎將軍。」七將答曰:「存孝不來,君臣尚在一處;存孝若來,彼此各尋活路。那時顧不得了。」言末盡,只見草坡中,閃出那飛虎旗來。尚讓、齊克讓、傅道昭、景祥、柳彥璋、柳彥隨、葛從周見了是存孝旗號,各自逃生。這七將後來投入朱溫部下,此處不提。 卻說六將叫曰:「哥哥!兀的那逍遙馬上,穿黃袍的,就是黃巢!」存孝飛馬趕上。此時,只有黃巢同姪黃勉,二人逃進山來。前有一支兵阻路,首將問:「來者何人?」黃巢含淚答曰:「吾是長安大齊王!」那將就馬上稱曰:「原來陛下到此?臣是金頂太行山大將韓忠,請我主到牛皮寶帳暫時歇馬,臣去生擒存孝來問罪!」黃勉說:「這海口賊,見存孝也是死的,不如及早逃生。」卻說存孝趕來,正遇韓忠。存孝說:「來將好好順我,饒你一命!」韓忠大怒,舉斧劈來,被存孝逼開斧,抓過馬來,望山下一摔,摔做一堆肉泥。 黃巢與黃勉正行間,黃勉在後,自思:「我跟著這昏君走,存孝趕來,連我也是死的,我不如把步心一槍,將他挑下馬去,取了首級,獻與唐將,將功贖罪,豈不是好!」兩匹馬行來,只見路旁有一石碑,上有兩行大字,寫道:「滅巢山,鴉兒谷,正是黃巢合死處。」黃巢對黃勉說:「這是滅巢山、鴉兒谷,鴉入巢而巢必破,我命定是難逃!昔日項羽自刎烏江,將首級與鄉人呂馬通,今你我本是嫡親,待我刎下首級,與你前去獻上唐將,永受富貴。」言罷,拔劍在手,仰天長歎數聲自刎,頭落於地。」 逸狂詩云: 滅巢山上鴉兒谷,篡賊應知數已終, 自刎難消天下怨,至今啼鳥恨無窮。 黃勉取了首級,正遇存孝趕到,黃勉叫曰:「太保饒命,小將特獻黃巢首級。」存孝問曰:「你是何人?」勉曰:「吾是黃巢御姪黃勉。」說猶未了,晉王人馬已到,存孝望父王拜曰:「兒趕黃巢到滅巢山、鴉兒谷,逼死黃巢,有巢姪黃勉,斬了首級,獻在此處。」晉王令黃勉來見,問:「黃巢怎麼肯死?」黃勉答曰:「被臣步心一槍,刺下馬來,斬了首級,獻與大王,將功折罪。」晉王問:「你是什麼官職?」勉答曰:「巢在日,不拘姪兒外甥,都是一字並肩王。」晉王問曰:「巢賊在位幾年?。」勉曰:「在位四年。」晉王曰:「這等你也受了四年的富貴,我手下有五百家將,十三太保,只有一個親兒,其餘都是義子,學你這不忠不孝、無恩無義之徒,敗壞人倫,怎麼是了?」叫刀斧手:「與我拿去斬首示眾!」晉王令人拿黃巢的首級來看,果然眉橫八字,牙排二齒,鼻生三竅。 叫周德威曰:「這人怎麼生得如此怪相?」德威曰:「昔日僖宗主人,因嫌他貌丑,將他叉出朝門,巢即作了反詞,反上金頂太行山,只得半載,聚下餓夫五百萬,奪了東西二京。大王不要看他,早進長安城,打掃三宮六院,遣官撥將,往西祁州請駕還朝,安撫萬民。」未知後事何如,且聽下回分解。 逸狂詩曰: 百歲人生草上霜,無端妄覬作君王, 龍袍掛體殊尊貴,鴉谷捐身亦慘傷。 血水逆流河湧漲,魂靈悲切日無光, 早知黃屋居難久,何似林泉樂更長。 又有詩譏黃勉曰: 黃勉全無叔姪情,忍將巢首獻唐營, 忘恩慕祿天垂鑒,立斬轅門大義明。 卓吾子評: 雖僖宗數有還朝之日,而克用赦罪之報亦盡矣!破黃巢,復長安,綱目大書,以序其績。噫!克用得為全人耳!
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