殘唐五代史演義傳第二十三回 朱温、上源駅を焼き討ちにする (朱溫火燒上源驛)

要約

周徳威の諫めを聞かず、晋王は程敬思・史敬思・郭景銖・周清の四将と三千の人馬を連れて宴に赴いた。朱温は、兵が来れば五百の家将を屋敷に伏せて砲を合図に、来なければ刀斧の兵に金鐘を合図に宴席で殺すと定めた。朱温兄弟が出迎え、公庁で酒が数巡すると朱温は奥へ下がった。

そこへ玉鑾英が涙して、招いたのではなく殺す心で、伏兵が金鐘を合図に剣舞で殺すのだと告げた。酔った晋王は戻った朱温にそれを残らず話し、殺すはずがないと言われるとならもっと注げと言う。鑾英は殺しそこねた老賊が自分を殺しに来ると思い、自ら縊れて死んだ。

金鐘が三度鳴ると八人の大男が宝剣を提げて上がった。剣舞で興を添えると言うので晋王は庁内で舞わせたが、史敬思が剣を抜いて八口の剣を受け止め、五人に傷を負わせ三人を逃がした。五百の家兵が屋敷を囲む中、朱温は周清と史敬思に挟まれ首に剣を当てられ、君臣を出せと脅されて門を開けた。

君臣は上源駅へ逃げ込む。朱温は楊彦洪に兵一千で館駅を囲み四方の門から火を放ち一更に起こせと命じ、自らも精兵一千で後詰めした。火に囲まれて駆け出た四人のうち程敬思は酔眼で柱を抱えたまま焼け死に、晋王が嘆くと雷鳴が轟いて盆をくつがえす大雨が降り、火は消えた。

四人は進み、塞いだ朱温を史敬思が敗走させ、升仙橋でもう一戦して関を破り北門を出た。周清は間道から本営へ援軍を呼びに行く。朱温の大軍が升仙橋へ攻め上ると郭景銖は馬を返しそこね、橋から落ちて溺れ死んだ。史敬思は晋王を逃がすため引き返し、八十四人の将に襲われて十六員を突き落とし、一晩戦って朱温の陣を三度破り、王忠に左脇を突かれながら王忠を突き落とし、傷に袍を詰めて再び朱温へ向かったが、四方から矢を浴び、痛みに堪えず馬上で自刎した。

晋王は逃げ、迫る朱温に自ら弓を引いて十二本の矢で十二将を射落としたが矢袋は空になった。年老いてここで死ぬのかと嘆いたとき、東北から喊声が起こり、二旒の飛虎旗の下に虎皮の袍と獅子の甲をまとった勇南公李存孝が現れた。

現代語訳全文

晋王、諫めを聞かず汴梁へ赴く

周徳威は行かぬようにと力を尽くして諫めたが、晋王は聞き入れず、程敬思・史敬思・郭景銖・周清の四将に三千の人馬を付けて護衛させ、馬に乗って宴へ向かった。

先に帰った朱義が、晋王が快く承知してまもなく来ると報じ、「来たらどう始末しますか」と問う。朱温は「必ず兵と将を連れて来るだろう。人馬が来たなら五百の家将を屋敷の前後に伏せ、砲を放つのを合図に斬り合いの支度をせよ。軍が来なければ、すでに両脇に伏せてある刀斧を手にした兵に金鐘を打つのを合図とさせ、宴席で殺す」と答えた。

玉鑾英の警告と晋王の失言

巳の刻になると、朱温兄弟二人は城を出て遠くまで迎えに出た。一団の人馬が押し寄せて来て、近づくと晋王は金の兜をかぶり金の甲をまとって馬上にあり、そばには数人の大男がそれぞれ腰刀を提げていた。朱温は一行を城へ迎え入れ、公庁に招いて君臣の礼を分かち、拝礼を済ませて尊卑の順に座った。朱温が杯を勧めて酒が数巡したところで、朱温は衣を改めに奥へ下がる。

すると玉鑾英が急いで庁前に出て、目に涙をあふれさせて「皇兄、誰があなたにこの城へ入れと言ったのです」と叫んだ。晋王が「朱温が招いたのだ」と答えると、鑾英は「あれは招いたのではありません。実はあなたを殺す心です。屋敷の前後には屈強の兵が伏せてあり、酒の最中に金鐘を打つのを合図に、剣舞にかこつけてあなたを殺すのです。用心なさい」と告げ、そのまま奥へ入って屏風の後ろに隠れた。

まもなく朱温が庁に上って「大王は今しがた愚妻と何を話しておられた」と問う。すでに酔っていた晋王は、鑾英が話したことを残らず朱温に話してしまった。朱温は「どうして君を殺したりしましょう」と答え、晋王は「その心がないのなら、もっと酒を注げ」と言う。屏風の後ろで聞いていた鑾英は「あの老漢、わたしの言ったことをあの老賊に残らず喋ってしまった。あの老賊はあなたを殺しそこねれば、きっとわたしを殺しに来る」と思い、部屋に戻って自ら縊れて死んだ。

剣舞の変と朱温を人質に脱出

朱温が金鐘を三度続けて打つと、両脇から八人の大男が宝剣を提げて庁に駆け上がってきた。晋王が「やはりわしを害する心があったか」と言うと、朱温は立ち上がって「こんな味気ない酒は進みますまい。そこでこの八人を呼んで剣を舞わせ、大王の興を添えて数杯召し上がっていただこうと思ったのです」と答えた。晋王が「それはよい。庁の中に入れて舞わせよ」と言うと、朱温は「この老賊、死ぬ時が来たな」と内心で思い、八人を庁内に入れて剣を舞わせた。程敬思が「これはまずい」と言うと、史敬思は「案ずるな、わしがここにいる」と言い、素羅の袍をからげて剣を抜き、「お前たちの剣はそんな舞い方ではない。わしが舞って見せよう」と大喝して八口の剣を受け止めた。酒器を兵器と見、旌旗を酒旗と取り違えるさまだと対句が添えられる(詩:酒器は兵器)。

五百の家兵はときの声をあげ、屋敷を四方から取り囲んだ。敬思はただ一人で八将と戦い、たちまち五人に剣傷を負わせ、三人は逃げ去った。朱温は手に武器も持たぬまま逃げようとしたが、周清と史敬思の二人に挟み押さえられ、二口の剣を首に当てられて「我ら君臣をおとなしく出せば事は済む。さもなくば首を刎ねる」と脅された。朱温は魂も抜けるほど驚き、傷つけられるのを恐れて、ひとまず門を開けて君臣を出し、後で改めて処置しようと考えた。

上源駅の火と天の雨

屋敷の門が開くと、敬思は朱温を挟み押さえたまま門外へ出た。君臣三人は半ば酔い半ば覚めた体で晋王を馬に乗せ、急いで上源駅へ逃げ込んだ。折しも五月の時候で、日はすでに西に沈んでいた。

朱温は密かに武将楊彦洪を呼んで命じた。「李克用は屋敷の門を出たとはいえ、この城を出られはせぬ。今は君臣そろって上源駅にいる。お前は今夜、兵一千を点じて館駅を囲み、四方の門から火を放て。誰彼の区別なく焼き殺してしまえ。必ず一更に事を起こせ。わしも精兵一千を率いて後詰めする」。楊彦洪は命を受けて兵を点じ、乾いた薪や火の付きやすい物を館駅の門前に運び入れ、夜になって火を放った。館駅の四囲はことごとく火に包まれ、上も下も赤々と照らされた。老君が丹を練る炉を押し倒し、火の山が地続きに噴き上がったかのようであった(詩:丹炉を押し倒す)。梁と晋の争いの初めにこれほど深い怨みが結ばれ、上源駅の中で天の心が示された、克用が杯を貪ったばかりに忠臣が難に死んだのだと詠まれる(詩:上源駅の怨み)。さらに、私怨を晴らそうと晋王を招き、汴梁の会に備えなく赴いたこと、席上の剣舞はまさしく鴻門の宴であり、酔ったうえの失言で御妹が死んだこと、智勇の士が朱温を挟んで門を出たものの酔い伏したところを火に囲まれたこと、天が盆をくつがえすような雨を賜らなければ君臣は禍を受けていたはずだと詠まれる(詩:天賜の大雨)。

駅の者が「四方から火の手が上がりました、どうしましょう」と報せる。晋王はこのとき酔いから覚めたばかりで、目を見開いて弓を手に立ち上がり、君臣四人は急いで庁を駆け出た。すると炎が正面から迫ってくる。程敬思は酔眼でよく見えず、中庭に寄りかかって棟の柱を抱えたまま、そのまま焼け死んだ。晋王は声をあげて泣き、「われら君臣はこんな所で死ぬとは思わなかった」と嘆いた。すると突然雷鳴が轟き、盆をくつがえすような大雨が降って、駅中の火はことごとく消し止められた。館の者が「幸い天が大雨を賜り、火は消えました」と言うと、晋王は「この雨がなければ、わしも皆も駅中で死んでいた」と言った。

升仙橋の脱出と郭景銖の溺死

そこで四人は馬に乗り、稲妻の光を頼りに進んだ。いくらも行かぬうちに朱温がまた人馬を率いて行く手を塞ぐ。史敬思が槍を取って朱温に斬りかかり、数合戦うと朱温は敗走した。敬思は升仙橋まで斬り進んでもう一戦し、郭景銖が君臣三人とともに関を破って北門を出た。

晋王は周清に命じ、間道を抜けて本営へ行き兵を呼んで急ぎ応援に来させることにした。朱温の大軍は号砲一声とともに升仙橋へ攻め上ってくる。郭景銖は馬を返しそこね、人馬もろとも橋から落ちて水に溺れて死んだ。

史敬思の奮戦と自刎

朱温が城を出て追ってくると、史敬思は「大王は急ぎお逃げください。臣が引き返して一戦支えます」と叫び、馬を返して槍で朱温を突いた。朱温が槍をひと振りすると、八十四人の将が一斉に襲いかかる。敬思は怒って名将十六員を槍で突き落とした。振り返ると晋王は高台の方へ馬を寄せ、二人の戦いを眺めている。敬思が「大王はなぜお逃げにならぬ」と叫ぶと、晋王は「君臣は死ぬなら同じ所だ。どうして一人だけ生きられよう」と答えた。敬思は「大王、ぐずぐずなさるな。臣が今防ぎますから、早く馬を放って逃げてください。臣はもう一度引き返して支えます」と言い、馬を返して槍を振るって戦った。

敵将が群がり寄せる中、敬思は一晩中戦い抜き、さらに朱温の陣を三度突き破ったが、人も馬も疲れきって血路を開いて走った。王忠が槍を構えて追いすがり、敬思の左脇の下を突く。敬思は怒って馬を返し、右手で槍を振り上げて王忠を馬から突き落とした。左脇からは泉のように血が湧き出たが、敬思はなお怒って名将八員を突き落とし、急ぎ晋王のもとへ来て「臣は手傷を負いました」と告げた。馬を下り、剣を抜いて素袍を半幅切り取って槍傷に詰め、鎧を締める紐で縛り、身を翻して馬に乗り、「臣はもう一度あれと一戦してまいります。大王は早く馬を放ってお逃げください」と大声で言った。そして馬を返して槍で朱温を突きに行くと、合図の拍子木が鳴り響くと、四方から矢が一斉に放たれた。槍傷の痛みに堪えかね、敬思はついに馬上で自ら首を刎ねた。

のちに史官が、征袍が血に染まってなお半幅を紅にしながら敬思は鋒を争い、汴梁の陣中に身を滅ぼし、自刎したその死はことごとく忠を尽くしたものと称えられると詠んだ(詩:血染の征袍)。また、再三にわたって晋王に逃げよと勧め、金の槍も血に染まった袍も顧みず、漢代に賈復が名を垂れたように将軍の誉れは今日ひときわ高いとも詠まれる(詩:賈復に比す)。

存孝の到来

晋王は史敬思が自刎して死んだのを見て馬を放って逃げた。日が暮れるころ、朱温は刀を抜いて人馬を呼び集め大挙して迫る。晋王は自ら弓を引き、続けて十二本の矢を射て十二人の将に命中させ、いずれも鞍から落として殺した。さらに矢を取ろうとすると袋はすでに空であった。朱温の追撃が急になり、晋王は天を仰いで「わしも年老いた。ここで死ぬのか」と大きく嘆いた。そのとき東北の角から喊声が大きく起こり、二旒の飛虎旗が現れ、その旗の下に虎皮の袍と獅子の甲をまとった一員の大将があった。勇南公李存孝である。晋王をどう救うかは次回に語られる。奸謀を見抜けず酒杯に溺れて兵を損じ将を折ったのは痛ましいが、幸い飛虎将軍が駆けつけて老いた身と命を救ったのだと、存孝の来援を讃えて詠まれる(詩:飛虎将軍の来援)。

評語

朱温は臣たらぬ心を抱き、たやすく忠良を殺そうとした。単に仇を報いるためだけでなく、功の高さを忌んだのである。しかし克用も酒飲みで、徳威の諫めを聞かず、鑾英の言葉にも背いたため、ついに三将を失った。焼け死ななかったとはいえ、恥じ入って死ぬにも余りある。

原文(底本)
當日周德威力諫晉王休去,晉王不聽,急遣程敬思、史敬郭景銖、周清四將,領三千人馬,保護前去赴會,上馬而行。

  卻說朱義先回,報說晉王慨然應允,須臾便到。義問曰:「此來將他如何處置?」溫曰:「彼必然興兵帶將,若果有人馬到此,令五百家將,伏於宅子前後,放炮為號,準備廝殺;如無軍來,已在兩壁廂埋伏刀斧手,擊金鐘為號,就筵前殺之。」計會已定,及巳牌時分,溫兄弟二人出城遠接。只見一彪人馬,簇擁而來。近前但見晉王,頭戴金盔,身披金甲,坐於馬上,旁邊數個大漢,各執腰刀一口。朱溫迎接入城,邀入公廳,分君臣禮,參拜已畢,敘尊卑坐下,溫舉杯相勸,酒至數巡,朱溫進廳去更衣,只見玉鑾英,急到廳前,滿眼流淚,叫道:「皇兄誰著你進此城來?」晉王曰:「是朱溫請我來。」鑾英曰:「他非是請你,他實有殺你之心,前後宅內,都埋伏強壯兵士,飲酒中間,擊金鐘為號,舞劍就要殺你,你可提防!」

  言畢鑾英進去,卻躲在屏風後面。不移時,朱溫上廳問曰:「大王才與賤荊說什麼話?」此時,晉王酒已醉了,把鑾英講的話,都說與朱溫去。溫答曰:「怎敢殺君?」晉王曰:「既無此心,再斟酒來!」鑾英在屏風後聽道:「這老漢把我講的話,都講與這老賊,他若不得殺你,定來殺我!」回到房內,自縊而死。

  卻說朱溫把金鐘連擊三下,只見兩廂跑出八個大漢,各仗寶劍一口,急上廳來。晉王曰:「果然是有害我之心!」朱溫起身答曰:「這樣悶酒吃不下,因此喚這八人舞劍,與大王開懷飲數杯。」晉王說:「最好!著他進廳裡來舞。」朱溫想:「這老賊死時到了!」便令八人進廳來舞劍。程敬思道:「此事不諧。」史敬思道:「不妨,有吾在此!」綽起素羅袍,拔劍在手,大叫:「你們的劍,不是這等舞,待我舞與你看!」

  把劍擋住八口劍。正是:

    眼觀酒器為兵器,手把旌旗當酒旗。

  五百家兵喊聲大振,將宅子四面圍定。是時,敬思獨戰八將,不移時,五人中劍,三人盡皆走了。朱溫手五軍器,意欲逃走,周清、史敬思二人挾住,將兩口劍放在朱溫頸上,喝曰:「好好放我君臣出去,萬事皆休,如其不然,即便砍下你的頭來!」朱溫驚得魂不附體,恐被所傷,暗思此事不諧,隨喚開門,放他君臣出去了,再作區處。

  卻說開了宅門,敬思力挾朱溫,出了宅門,君臣三人,半醉半醒,扶晉王上馬,急來上源驛逃生。是時五月天氣,日已沉西。卻說朱溫密喚武將楊彥洪聽令,遂與彥洪曰:「李克用雖出宅門,安能出得此城?今君臣都在上源驛,汝今晚點軍一千,圍住館驛,四門放火,不問是誰,盡皆燒死,務要一更舉事,吾亦自引精兵一千接應。」楊彥洪受計,便去點軍,取乾柴引火之物,搬於館驛門首,到晚間軍人放起火來。只見館驛四圍皆火,上下通紅。正是,老君推倒煉丹爐,一塊火山連地發。有詩為證:

    梁晉初爭結怨深,上源驛內拓天心,

    只因克用貪杯誤,死難忠臣萬古傾。

  逸狂詩云:

    欲報私仇請晉王,汴梁赴會不提防,

    席間舞劍鴻門宴,醉後真言御妹亡。

    智勇挾溫門得出,酩購宿釋火輝煌,

    若非天賜傾盆雨,畢竟君臣受禍殃。

  驛夫報曰:「四面火起,怎麼是了?」此時,晉王醉而方醒,始張目援弓而起,君臣四人,急跑出廳來。只見火燄對面逼來。程敬思醉眼昏矇,倚定中庭,抱住屋棟,即時燒死。晉王放聲大哭,復歎曰:「吾君臣不想死於此處!」忽然一聲霹靂響處,大雨傾盆,滿驛之火,盡皆澆滅。館夫對晉王曰:「幸天賜大雨,火已滅燄。」晉王說:「若非此雨,我與眾人皆死於驛中!」

  於是四人上馬,乘電光而行。行不數步,溫又領人馬擋住去路。史敬思持槍直取朱溫,戰上數合,朱溫敗走。史敬思直殺至升仙橋,又殺一陣,郭景銖同君臣三人,斬關出了北門。

  晉王命周清偷路,抄去老營調兵,急來接應。朱溫大兵,一聲炮響,搶上升仙橋來,郭景銖回馬不迭,連人帶馬跌下橋去,水淹而死。朱溫趕出城來,史敬思叫曰:「大王急急逃生,臣回去擋他一陣!」勒回馬來,挺槍直刺朱溫。朱溫把槍一晃,八十四將一擁齊來。史敬思大怒,槍挑名將一十六員落馬。回頭看時,晉王把馬勒向高阜處,看二人廝殺。敬思叫:「大王為何不走!」晉王曰:「君臣們死同一處,豈宜獨生乎?」史敬思曰:「大王不可遲延,我今拒敵,你急急放馬逃生,臣再回去擋他一陣!」勒回馬,挺槍力戰,眾將並來,史敬思整戰了一夜,又衝朱溫三陣,此時人馬困乏,衝路便走。王忠挺槍趕來,把敬思左脅下一刺,敬思大怒,撥轉馬,用右手舉起槍,把王忠挑於馬下。於是,敬思左脅下血如泉湧,敬思大怒,槍挑名將八員落馬,急來見晉王曰:「臣今中傷了!」跳下馬來,拔劍割下素袍半幅,塞了槍眼,用勒甲縧係了,翻身上馬,大叫晉王曰:「臣今再去對他一陣,你急急放馬逃生罷!」勒回馬挺槍直刺朱溫,梆子響處,四下眾箭齊發,敬思槍眼痛得難禁,只得自刎於馬上。後來史官有詩贊云:

    血染征袍半幅紅,敬思猶自與爭鋒,

    汴梁衝陣身遭厄,自刎咸稱死盡忠。

  又有詩云:

    再三力勸晉王逃,不顧金槍血染袍,

    賈復令名垂漢代,將軍今日譽尤高。

  晉王見史敬思自刎身亡,放馬逃生。比及天晚,朱溫掣刀,招轉人馬大至。晉王親自兜弓,連射一十二箭,正中一十二將,翻鞍落馬而死。晉王再去取箭,袋內已自無了。朱溫追急,晉王仰天大歎曰:「吾今老邁,死於此地矣!」忽聽得東北角上,喊聲大振,閃出兩面飛虎旗,旗下一員大將,虎皮袍,𤠯猊甲,乃是勇南公李存孝也。畢竟不知如何救得晉王,且聽下回分解。

  逸狂有詩,單贊存孝來救晉王:

    不識奸謀戀酒杯,損兵折將可哀哉!

    幸而飛虎將軍至,救得殘軀老命回。

  卓吾子評:

  朱溫抱不臣之心,輒欲殺害忠良,非特報仇,抑忌功高耳!然克用酒徒,不聽德威之諫,又負鑾英之言,遂致損折三將,雖燒不死,可勝愧死!

訳文の誤りにお気づきの場合はお問い合わせからお知らせください。

© 好古刊行会