殘唐五代史演義傳第二十八回 李晋王、同台の囲みを解く (李晉王同臺解圍)
要約
朱温は自ら知遠と戦うと戦書を下し、翌日の決戦を申し込んだ。知遠は存訓と銭元振にひそかに策を授けた。陣前の朱温は、王鐸と好を結んだ間柄なのに沙陀の餓えた男が子の嫁を奪い世子を殺したと責め、知遠は、王鐸は良臣で逆賊と好みを通じるものか、唐の禄を食みながら君を脅して爵位をかすめ取る罪は誅しても余りあると返した。
勝てば兵を引くという朱温と五十余合戦った知遠は、鞭の一撃で朱温に血を吐かせて逃がしたが、追うところを振り向きざまの矢で左の腿を射られ落馬した。岳存訓と向慎之が知遠を陣へ助け戻し、なだれ込む梁兵に邠州の兵は多くの死者を出した。医者は鏃に毒があるからひと月の養生が要ると言い、知遠は城門を閉ざして出撃を禁じた。
翌日、葛従周が挑んでも存訓は動かず、梁兵は四面から城を囲んだ。知遠が太原へ救いを求める者を募ると謝豹が志願し、彦真の書状を隠し持ち、銭元振が李彦洪を敗走させた勢いで囲みを破った。書を読んだ晋王は李存孝と薛阿檀に精兵二万で邠州へ進発した。晋王が人の妻子を奪うとは犬豚にも劣ると罵り、朱温が突き進もうとしたところへ畢燕檛を提げた李存孝が躍り出ると、朱温は刀を捨てて汴梁城へ逃げ、梁軍は多くの死者を出した。彦真は城門を開いて晋王を迎え、宴を張って諸将に賞を与え、翌日晋王の軍は太原へ帰った。
現代語訳全文
朱温の挑戦状
朱温は帳に登って諸将と評議し、「大軍を率いてここまで来たのだから同台の城など踏みつぶせると思っていたのに、あの餓えた男にたびたび敗れる始末だ。今度は自分が兵を率いて出向き、知遠と大いに戦う」と言った。その日のうちに戦書を下し、劉知遠ひとりを名指しして翌日の決戦を申し込む。知遠は帳を出ると公子存訓を呼んでひそかに策を授けてこのとおりにせよと言い含め、さらに銭元振にも策を授けて向かわせた。
罵り合いと一騎討ち
翌日、知遠は兵を率いて城を出た。両軍が近づいてそれぞれ陣を開くと、梁軍の中から諸将を従えた朱温が陣前に現れ、こう責めた。自分は王鐸の家と縁組をして秦晋の好を結んだ間柄だ、それを沙陀の餓えた男の分際で時勢もわきまえず無理に助太刀しようとし、わが子の嫁を奪い取り、わが世子を殺した。道理として仇を報いるのが当然だ、さっさと馬前に出て縛につけ、そうすれば民を苦しめずに済み、兵卒も少しは命を全うできよう、と。
知遠は「王鐸は良臣である。どうして逆賊と好みを通じたりしようか。貴様は唐の臣として代々唐の禄を食みながら、君を脅して爵位をかすめ取ろうとしている。その罪は誅しても余りある」と言い返す。朱温は「今日わしと一戦せよ。もしわしに勝てたなら、その場で兵を引き揚げる」と持ちかけた。
知遠は激怒して刀を振り上げて朱温に斬りかかる。二人は五十余合戦っても勝負がつかない。知遠が鞭を手にして大喝一声、朱温はかわしきれず一鞭を食らい、鞍にすがって血を吐き、馬を返して逃げた。知遠が馬を飛ばして追い、今にも追いつこうというとき、朱温はひそかに雕弓を取って矢をつがえ、馬上で振り向きざまに知遠へ射た。矢は左の腿に命中し、知遠は身をひるがえして落馬する。朱温の部将斉克譲が斬り出してきたが、岳存訓と向慎之の二人が知遠を助けて陣へ連れ戻した。梁兵がなだれ込み、邠州の兵は同士で踏み合って数え切れぬ死者を出し、朱温は勝ち軍を率いて陣営へ引き揚げた。二将は知遠を城に入れ、急いで医者に手当てをさせた。医者は「この鏃には毒が塗ってあります。すぐには治りません。ひと月の養生が要りましょう」と言う。知遠は全軍に城門を固く閉ざさせ、軽々しく出撃することを禁じた。
救援の使者
翌日、朱温は葛従周に軍を率いさせて城下で戦いを挑ませたが、岳存訓は兵を動かさない。梁兵は日暮れまで罵り続け、四面から城を包囲した。知遠は彦真に「温賊は、わしが矢傷の痛みで出撃できぬのを知って、攻め囲みが日ごとに激しくなっている。誰か太原へ行って晋王に救いを求められる者はいないか。勇南公に兵を出して来てもらってこそ、賊を退けられる」と言った。すると謝豹が声を上げて進み出て、「某が参って援兵を請いましょう」と志願する。彦真が「ただ、重囲を抜け出られまいと案じられる」と言うと、豹は「大丈夫は死を帰るがごとく見るもの。行けぬ所などありませぬ」と答えた。
彦真は書状をしたためて豹に隠し持たせ、銭元振に送り出させる。城門を開いて元振が先頭に立って斬り出すと、梁将の李彦洪と出会い、数合戦って彦洪は敗走した。謝豹はその勢いに乗じて包囲を突破し、太原へ向かう。銭元振は城中へ退いて門を閉ざし堅く守った。
晋王の出兵
太原を鎮守していた李晋王は、岳彦真が囲まれたと聞いて諸将と評議していたところへ、邠州が遣わした謝豹の到着が告げられた。召し入れて問うと、豹は「朱温が邠州をきびしく攻め囲んでおります。主帥から救いを求める書状がございます。大王におかれては早く大軍を出され、上は国家のために賊を討ち、下は一郡の生霊をお救いください。少しでも遅れれば城は必ず陥ちます」と申し上げた。
晋王は書を読み終えると謝豹に「この賊はちょうど討とうと思っていたところだ。おまえは先に帰って知らせ、軍馬を用意して救援に出られるようにしておけ」と命じ、謝豹は拝辞して帰っていった。晋王は李存孝と薛阿檀を呼び、精兵二万を選んで邠州へ進発した。朱温は救援の兵が来たのを望み見て、自ら勇猛の士を率いて迎え撃ちに出て、両軍は陣を開いて向かい合う。
解囲
朱温は晋王の兵が少ないのを見て恐れる様子もなく、刀を横たえて陣前に馬を立てた。晋王は朱温を指さして「いわれなき逆賊め、邪を去って正を崇めることも考えず、人の妻子を奪うとは、まことに犬や豚にも劣る」と罵る。朱温は怒って刀を手に晋王めがけて突き進もうとしたが、一騎がそれより早く飛び出した。勇南公李存孝が畢燕檛を提げて躍り出たのである。朱温は存孝と見るや刀を捨てて戦おうとせず、馬を放って逃げ、まっすぐ汴梁城へ走った。梁の全軍は散り乱れ、めいめい逃げ惑って踏み合い、死者は数え切れなかった。
晋王は兵をまとめ、彦真は城門を大きく開いて晋王の軍を迎え入れた。盛大な宴が張られ、諸将には厚い賞が与えられた。一日休息し、翌日、晋王の軍は太原へ向けて帰っていった。この先どうなるかは、次回に続く。
逸狂は、英雄は矢に中ってにわかには癒えず、逆賊の攻め囲みを固く守り抜いた、書状で勇南公に救援を懇願したところ、敵はその威勢を遠望しただけで鎧を口にくわえて果てしなく逃げ去った、と詠んだ。(詩一首)
評語
卓吾子の評。存孝はわずか十八騎で万軍の中を衝き破り、一将も損なわずに連戦連勝した。朱温がその姿を遠望しただけで崩れ去るのは言うまでもなく、天下の英雄もついには拝服せずにはいられまい。
原文(底本)
卻說朱溫升帳,與眾將商議。溫曰:「吾帥大兵至此,將謂踏平同臺的城池,不想累敗於餓夫之手。今吾親自領兵再去,與知遠大戰。」當日下戰書,單搦劉知遠來日決戰。卻說知遠出帳,請公子存訓密授計策,如此而行,又喚錢元振授計去了。 次日,領兵出城,兩軍相近,各將軍馬擺開。梁軍開處,眾將並隨朱溫出於陣前,且責之曰:「吾與王鐸二家成其秦晉,汝乃沙陀餓夫,不識時勢,強欲相助,搶奪兒婦,殺吾世子,理宜報仇,速出來馬前受縛,免致百姓受苦,軍土稍稍得其全生矣!」知遠曰:「王鐸良臣,豈肯與逆賊講好,汝為唐臣,世受唐祿,逼君謀爵,罪不容誅!」溫曰:「吾今日與汝一戰,若能勝我,即自回兵。」知遠大怒,輪刀直取朱溫,二人戰上五十餘合,不分勝負。知遠取鞭在手,大喝一聲,朱溫躲避不及,中了一鞭,抱鞍吐血,撥馬而走。知遠飛馬趕來,看看趕上,不防朱溫暗取雕弓,搭箭當弦,回馬望知遠一箭,正中左腿,知遠翻身落馬。朱溫部將齊克讓殺出,卻得岳存訓、向慎之兩個教回營去。梁兵並至,邠州兵自相踐踏,死者無數,朱溫於是引得勝軍回寨。二將救知遠入城,急命醫生治之。醫士曰:「此箭頭上有毒藥,急切難痊,可要一月將息。」知遠令三軍堅閉城門,不許輕出。 次日,朱溫遣葛從周引軍來城下搦戰,岳存訓按兵不動,梁兵罵至日暮,四面圍定。知遠與彥真曰:「溫賊知我箭瘡疼痛,不能出戰,攻圍日急,誰可往太原來救於晉王?請得勇南公兵來,方可退賊。」謝豹應聲出曰:「某願前去請兵。」彥真曰:「但恐不得透出重圍。」豹曰:「大丈夫視死如歸,何所不至!」彥真修書與豹藏之,令錢元振送出。於是開了城門,元振當先殺出,正遇梁將李彥洪,鬥上數合,彥洪敗走,謝豹乘勢殺出,投太原而去。錢元振退入城中,閉門堅守。 卻說李晉王鎮守太原,聞知岳彥真被圍,與諸將正議間,忽報邠州差將謝豹至,遂召入問之。豹稟曰:「朱溫攻圍邠州甚急,主帥有書求救,望大王早發大兵,上為國家討賊,下救一郡生靈,如或少遲,城必陷矣!」晉王看罷書,與謝豹曰:「此賊正欲討之,汝宜先回通報,預備軍馬接應。」謝豹拜辭而回。晉王遂喚李存孝、薛阿檀,選精兵二萬,望邠州進發。朱溫望見救兵來到,親引勇猛之士,前來迎敵,兩邊擺開陣勢。 朱溫見晉王兵少,心中無懼,橫刀立馬於陣前。晉王指定朱溫罵曰:「無端逆賊,不思去邪崇正,奪人妻小,真狗彘之不如也!」朱溫怒起,持刀直取晉王,卻待向前,一匹馬早先飛出,乃勇南公李存孝,手提畢燕檛,踴躍而來。朱溫見是存孝,遂棄刀不戰,放馬逃生,逕奔汴梁城去。三軍散漫,各自奔走,自相踐踏,死者不可勝計。晉王遂自收兵,彥真大開城門,迎接晉王軍馬入城,大設筵宴,重賞眾將。停歇一日,次日,晉王軍馬望太原而去。欲知後事如何,且聽下回分解。 逸狂詩曰: 英雄中箭急難痊,逆賊攻圍固守堅, 書懇勇南兵解救,望風銜甲走無邊。 卓吾子評: 存孝以十八騎,衝突萬軍中,不損一將,連戰連勝,不特朱溫望風即靡,即令天下英雄,終當拜服。
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