殘唐五代史演義傳第三十三回 晋王、勇南公を痛哭する (晉王痛哭勇南公)

要約

晋王が熟睡していると、存孝が五輛の車で裂かれて死んだと宮人が報じた。晋王は殿前へ走り、五つに裂かれた存孝を見て大哭し、昏絶してようやく蘇った。事情を聞き、存孝が死んだ以上わしも終わりだと言い、逃げた君利と存信を追わせて道の半ばで捕らえた。黄河に動きがなく計略と知った劉妃は、二賊を切り刻んで仇を報じよと求めた。

存孝の妻・鄧瑞雲も六将を率いて駆けつけ、幾度も昏絶して大哭し、仇を報じよと訴えた。遺骸を棺槨に納めて正庭に安置し、六将は喪服をまとい、晋王は二賊を逆さに吊るして油を注ぎ照天蝋燭として柩前に灯させ、高僧に水陸の大法要を営ませた。祭文では、天下に並ぶ者なき戦士を奸人の手に死なせた慟み、八十の自分も間もなく後を追うこと、冤は雪がれ仇も報いられたことを述べた。

棺前で拝そうとした晋王を、父が子を拝する道理はないと周徳威が止めたが、先に死んだ者は神となるからだと言った。昭宗も存孝の死を慟み、周徳威を代祭に遣わした。その祭文は、勅封鎮守沁州地方協理軍務飛虎将軍勇南公・李存孝の霊に、天復三年秋九月上旬、黄巣を滅ぼして僖宗を扶け、奸党を誅して昭宗を立て官は一品に居った功を挙げ、父が酒のために忠良を誤り害したが奸臣は誅されたと告げた。晋王は酒で忠良を害した自らの過ちを嘆き悔恨の詩を作った。

現代語訳全文

存孝の死を知る晋王

  • 晋王が宮中で熟睡していると、宮人が来て「五輛の車で引き裂かれて存孝さまが死にました」と報じた。晋王は汗が背に流れて魂も身に添わぬほど驚き、急いで殿前へ駆け出して見ると、存孝はすでに死んでおり、体は五つに引き裂かれていた。晋王は数声大哭して仰向けに倒れ、地に昏絶した。左右が急ぎ救い、しばらくしてようやく蘇った。
  • 晋王が「誰が存孝を殺したのか」と問うと、左右はこれまでの事情を詳しく語った。晋王は「存孝がすでに死んだ以上、わしも終わりだ」と言った。
  • このとき君利と存信はすでに数日前に逃げていたが、晋王は人を遣って追わせ、道の半ばで捕らえて連れ戻した。まさに体を細かく切り刻む刑に処そうとしたところ、劉妃が宮に戻ったとの知らせが入り、晋王は急いで迎え入れさせた。もともと劉妃と嗣源は黄河の境まで行ったが、まったく動きが無かった。二人の計略と知って急いで賓州へ引き返し、存孝が車裂きにされて殺されたと知って、そのまま晋王のもとへ来たのであった。劉妃は「君利と存信はこれほど無礼を働きました。誅しても罪は償いきれません。大王、この二賊を切り刻んで存孝の仇を報じてくださいませ」と言った。晋王は「存孝がこうなった上は、わしだけがどうして生きていられよう」と言った。

鄧瑞雲の哀訴と葬礼

  • 慟哭しているところへ、突然一隊の人馬が飛ぶように駆けつけてきた。見ればそれは存孝の妻・鄧瑞雲であった。瑞雲はこの知らせを聞くと六将を率いて駆けつけ、声を放って大哭し、地に昏絶すること三度も五度もあり、幾度も死にそうになった。軍中で哀しまぬ者はいなかった。
  • 瑞雲は再三申し上げた。「存孝は不幸にも死んでしまいました。大王、父子の情を思われて、早く仇を報じてくださいませ。」
  • その日、棺槨を用意して存孝の遺骸を装い納め、正庭に安置した。六将は喪服をまとい、軍士の挙げる哀哭の声は地を震わせた。晋王は武士を呼び、君利と存信の二賊を逆さに吊るし、油を注いで一対の照天蝋燭とし、柩の前に灯させた。さらに高僧を招いて水陸の大きな法要を行わせて存孝を弔い、存孝の姿を描いた画像を掛けさせた。晋王はみずから祭壇を一つ設けた。

晋王の祭文

  • 祭文にはこうあった。「ああ勇南よ、天下の戦士として古今に並ぶ者がなかった。天はなぜ弔わず、そなたを奸人の手にかけて死なせたのか。わしを慟み傷ませる。ああ、わしは今年八十になる。子がすでに死んだ以上、わしも間もなく後を追って死ぬであろう。今あの二人を市に引き出し、油を熬いて燭とし、そなたの幽き道を照らそう。そなたの冤はすでに雪がれ、仇もすでに報いられ、その名は大いに揚がった。ああ勇南よ、魂に知るところがあるならば、どうかこれを享けてほしい。」
  • のちに史書を読んでここに至った人が嘆いて詩を作った(詩:存孝への嘆き)。

子に拝そうとする晋王

  • 晋王の傷み悼む心はやまず、棺の前で拝そうとした。周徳威が急いで進み出て止めた。「なりません。大王は父、存孝は子です。父が子を拝する道理がございましょうか。」晋王は拝を止めた。
  • 晋王は言った。「わしとてそれを知らぬわけではない。ただ、先に死んだ者は神となる。わしの哀しみと毀れる思いが礼を越えて、思わずこうした形に表れたのだ。」
  • のちの人の詩がある(詩:先に死せる者は神)。

昭宗の致祭

  • この知らせが長安に届き、昭宗は存孝の死を知ると、その英雄ぶりが世に冠たり国家を回復させた功があったことを思い、大いに慟み切なんで、官を遣わし礼を具えて祭を行わせた。晋王が使者を引見すると、昭宗が周徳威を代祭として遣わしたのだと分かった。徳威は祭品を存孝の霊前に並べ、みずから酒を奠じて拝し、趙文宗に祭文を読ませた。
  • 祭文はまず、大唐天復三年秋九月上旬、祭主は大唐昭宗皇帝、兵部大司馬・周徳威を遣わし、清らかな酒と数々の供物の儀をもって、勅封鎮守沁州地方協理軍務飛虎将軍勇南公・李存孝の霊に祭を捧げる、と告げた。
  • 続けて言う。「ああ、存孝は不幸にも非命に死んだ。天は高く日は短く、傷まぬ者はいない。思えば生まれは朔漠塞北の地、育ったのは飛虎霊求の谷であった。黄巣を滅ぼし僖宗を扶けて再び長安に入り、奸党を誅して昭宗を立て、天下に都を建てた。官は一品に居り、勇南公の職を加えられ、その勢いは諸国を圧して飛虎将軍の誉れを得た。」
  • さらに言う。「ただ君はまさに富貴を高堂に享くべき人であったのに、どうして命を奸讒によって早く落としたのか。人の死没は古より免れがたいものとはいえ、思いがけず君の父が酒のために誤って忠良を害してしまった。二人の奸臣をことごとく誅し、そなたのために恨みを雪いだ。」
  • 結びに言う。「将軍はこの世でもう金印を帯びることはないが、冥府ではきっと多くの鬼兵の権を握るであろう。ああ哀しいかな、どうかこれを享けてほしい。」

晋王の自省

  • 徳威が祭を終えると涙が顔を伝い、その哀しみは三軍を動かした。晋王はみずから嘆いて「これは他の誰のせいでもない。ただわしが酒によって誤って忠良を害し、この過ちを招いたのだ」と言った。
  • そして自ら感じ嘆いて詩を作った(詩:晋王の悔恨)。
  • この先どうなるかは次回に続く。

評語

卓吾子は言う。奸讒が陰で忠良を害することは、どの時代にもあることで、克用が存孝に対してしたことだけが特別なわけではない。しかしそれにしても、克用の酒による過ちはあまりに甚だしい。

原文(底本)
卻說晉王,正在宮中熟睡,宮人來報:「五車掙死存孝!」唬得晉王汗流沾背,魂不附體,急跑出殿前來視之,存孝已死,掙為五塊。晉王大哭數聲,望後便倒,昏絕於地,左右急救,半響方蘇。晉王問:「誰殺存孝?」左右細說前因。晉王曰:「存孝已死,只吾休矣!」此時,君利、存信逃去數日,晉王遣人追之,半路捉回,正欲碎剮,忽報劉妃還宮,晉王急令接入。原來劉妃與嗣源,逕到黃河界口,絕無動靜。知是二人用計,急回賓州,知存孝被掙死,直來見晉王。劉妃曰:「君利、存信如此無禮,罪不容誅,請大王剮此二賊,為存孝報仇!」晉王曰:「存孝如此,吾豈能獨生哉?」

  正在慟哭,忽見一彪人馬,飛奔而來。眾視之,乃存孝之妻鄧瑞雲也。瑞雲知此消息,帶領六將到來,放聲大哭,昏絕於地,三五番幾死,眾軍無不哀慟。瑞雲再三上言曰:「今存孝死於不幸,大王念父子之情,早為報仇!」當日,具棺槨盛裝存孝屍首,停於正庭,六將掛孝,軍土舉哀震地。晉王喚武士,將君利、存信二賊,倒澆一對照天蠟燭,在於柩前,請高僧做水陸大醮超度,復圖存孝儀像掛起。晉王親自設祭一壇。

  祭文曰:

    嗚呼勇南!天下戰士,古今無雙。何天不弔,令死於奸人之手?使我慟傷。嗚呼!吾今年八十,兒今既死,吾料隨亡!吾今取二人於市,熬油點燭,照爾幽光。爾冤既白,爾仇亦報,爾名孔揚。嗚呼勇南!魂其有知,曷維尚享。

  後人讀史至此,有詩歎云:

    存孝英雄獨佔奇,開疆展土定華夷,

    當時恨殺丹青手,不畫山前打虎威。

  晉王傷悼不已,望棺前欲拜下,德威急向前止之曰:「不可!大王父也,存孝子也,豈有為父而拜子之理乎?」晉王乃止。晉王曰:「吾豈不知之,但以先死為神,吾之哀毀逾禮,不覺形於此耳!」後人有詩云:

    李存孝能文能武,滅黃巢蓋世功名,

    是晉王不合拜子,也須知先死為神。

  當時報入長安,昭宗知存孝已死,念存孝英雄冠世,有恢復之功,大加慟切,遂遣官具禮前來致祭。晉王請使者入見了,始知昭宗遣周德威代祭,德威就將祭品,擺列存孝靈前,親自奠酒拜下,令趙文宗讀祭文曰:

    維大唐天復三年秋九月上旬,祭主大唐昭宗皇帝,遣兵部大司馬周德威,謹以清酌庶饈之儀,致祭於敕封鎮守沁州地方協理軍務飛虎將軍勇南公李存孝之靈曰:

    嗚呼!存孝不幸橫亡,天高日短,無人不傷。伏念生居朔漠塞北之方,長自飛虎靈求之峪。滅黃巢,扶僖宗,復入長安,誅奸黨,立昭宗,建都天下。官居一品,加為勇南公之職,勢壓諸邦,是飛虎將軍之譽。

    唯君正宜享富貴於高堂,豈期命早喪於奸讒。人之死沒,自古難免。不料君父以酒誤害忠良,將二奸盡行誅戮,與汝雪恨。

    將軍陽世不將金印掛,陰司多握鬼兵權。嗚呼哀哉!尚享。

  德威祭畢,淚流滿面,哀動三軍。晉王自歎曰:「此事非於別人,只是我以酒誤害忠良,致有此失。」遂自感歎一詩云:

    終朝飲酒醉醺醺,耳聽讒言害好人,

    破巢之時用存孝,太平不見勇南君。

  欲知後事如何,且看下回分解。

  卓吾子評:

  奸讒陰害忠良,何代無之?不特克用之於存孝而已。然則克用酒誤太甚!

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