殘唐五代史演義傳第五十三回 文宝、関をだまし取り戴礼を殺す (文寶賺關殺戴禮)

要約

黄昏に関へ着いた黄文宝が呼ばわると、戴礼は夜は真偽が分からぬと渋ったが機密の話と聞いて入れた。文宝は、降ったふりをしていたが晋主が重病で劉知遠を召し返そうとし晋営は出立の支度で警戒もない、今夜夜襲すれば成功すると語った。戴礼は晋人の計かと疑ったが、部兵が先に行くから加勢せよと言われて夜襲の令を伝えた。

知遠は史弘肇に五千を関の下に伏せて関を奪えと命じた。弘肇が降ったばかりの文宝の腹は知れぬと言っても軍令どおりにせよと答え、諸将を四方に伏せ火砲を合図と定めて営を空にした。

三更、文宝は左営、戴礼は右営を襲って中営で落ち合う約束だったが、右営も中営も空で文宝もおらず、戴礼は計に嵌まったと叫んだ。火砲が鳴り四方から晋兵が押し寄せ、関下に戻った戴礼は関上を史弘肇に奪われ、西へ抜けようとして郭威の矛に三合で截られた。郭威は手勢を降し、知遠は入関して民を安んじた。

弘肇の問いに知遠は、才質を見て好漢と思い釈して将とし、関の地勢を熟知する彼に計を求めた、用いて疑わねば背かぬ、この関を得たのは数万の人馬に勝ると答え、弘肇は服した。大軍は鉄籠山近くに営を構えた。山は孫飛虎と蕭竜・蕭鯨の兄弟、曽杰・劉真の四副将が厳重に守っていた。卓吾子は、黄文宝を得て労もなく金井関が入ったのは知遠の先見の謀だと評した。

現代語訳全文

文宝、関に戻って戴礼を欺く

黄文宝は計を授かると人馬を引いて関の下まで行った。すでに黄昏どきであった。

大声で関を開けと呼ばわると、敵楼の上の兵が黄文宝だと見分けて戴礼に報じた。戴礼は、夜では真偽が見分けにくいからまだ開けるなと言った。すると、文宝は晋営を抜け出してきたので機密の話があると言っている、と重ねて報じてきた。戴礼は自ら人々を連れて関の上へ出て見たところ、確かに文宝だったので、人に命じて関を開かせ、黄文宝を入れた。

帳中に入った文宝は、戴礼を見ると恥じ入った様子で語った。あなたの言に従わなかったばかりに捕らえられてしまった、ひとまず降ったふりをして、機を見て営を焼こうと思っていたが折がなかった。ところが今、長安からの報せで、晋主が重い病で劉知遠を召し返し国事を諮ろうとしているという。晋営はこの知らせで各々荷を片づけ出立の支度にかかり、さして警戒もしていない。そこで馬を一頭盗んで身一つで帰ってきた。晋兵は帰心に乱れて闘志も無い。今夜、自分と兄とで軍馬を率いてその陣営に夜襲をかければ、必ず成功する――。

戴礼が、それは晋人の計ではないかと疑うと、文宝は、自分がじかにこの知らせを聞いたのだ、何の計略があるものか、自分の部兵が先に行くから、兄は急ぎ後から続いて加勢してくれ、と切り返した。戴礼はその言に従い、陣を払って夜襲に出る令を伝えた。

知遠の手配と史弘肇の不服

一方、劉知遠は史弘肇に五千の兵を率いて関の下に伏せさせ、敵の兵が出たらすぐその勢いに乗じて斬り込み関を奪え、それが汝の一番の功になる、と申し渡した。史弘肇は、文宝は降ったばかりで腹の内が知れません、元帥ご自身でよくお考えくださいと述べた。知遠は、ただ吾が軍令のとおりにせよ、おのずと結着はつく、とだけ答えた。史弘肇は不満を抱えたまま兵を率いて去った。知遠はさらに令を伝え、諸将を四方に伏せさせ、火砲が上がるのを合図に四方から斬り込ませることとし、営は空にしたまま待ち受けた。

空営の襲撃

黄文宝が兵を率いて先行し、戴礼も後から到着した。ときに三更になろうとするころ、文宝は、晋兵は三つの陣営を構えているから、自分が左営を、兄は右営を襲い、中営で落ち合おうと言った。

戴礼は、弟の考えはもっともだ、お前が先に斬り込めと応じた。文宝は単騎で先頭に立ち、一声大喝して営に斬り込んでいった。戴礼も右営に斬り込んだが、そこは空営だった。晋兵はもう引き揚げたのかといぶかり、あらためて中営へ斬り込んだが文宝の姿が見えない。戴礼が人をやって探らせると、文宝がどこへ行ったか分からぬという返事である。戴礼は大いに驚き、奸賊の計に嵌まったと叫んで、急ぎ兵を催して関へ引き返させた。

戴礼の最期と金井関の陥落

そのとき晋営の内で火砲が天を震わせ、光が山川を照らし、四方八方から晋兵が潮のように押し寄せてきた。

戴礼は戦いに固執せず、血路を斬り開いて関の下まで逃げ戻った。ところが関上には松明が一斉に灯り、一将が、戴礼よ、なぜ降らぬのかと大声で呼ばわった。関を奪っていたのは史弘肇であった。戴礼はそれを見て、あえて南へは向かわず、馬に鞭打って西の路へ斬り抜けようとしたが、前を郭威に阻まれた。両馬が交わり、三合ほど手合わせしたところで、郭威の一矛に截られて馬の下に斃れ、郭威はその手勢をことごとく降伏させた。郭威が兵を収めて金井関に集結したときには空はもう明るくなっており、知遠は大軍を率いて入関し民を安んじた。

知遠の識見に弘肇が服す

郭威と史弘肇がそれぞれ功を献じ終わると、史弘肇は、元帥はどうして文宝のこの計が成ると分かったのですかと問うた。知遠は答えた。文宝が降ったばかりのとき、その才質と風貌を見て立派な好漢だと思ったから釈して将に取り立て、心を安んじさせた。金井関はもともと彼が守っていたのだから地勢を熟知しているはず、それゆえ彼に計を求めたのだ。彼が献じた計は本心から出たもので、他の者ではどうして関に入れよう、文宝だからこそこの功を成せた。用いて疑わなかったのだから、吾が文宝に背かぬ以上、文宝がどうして吾に背こうか。この関を得たのは、数万の人馬の力に勝る――。史弘肇は拝して服し、元帥の深謀遠識には我らはとうてい及びませんと述べた。知遠は進軍の令を伝えた。砲声一発とともに大軍は金井関を離れ、数日行軍して鉄籠山も遠くないところまで来ると、知遠は営を構えるよう命じた。

鉄籠山の守り

鉄籠山は孫飛虎が守っており、その部下に副将が四人いた。一人は蕭竜といって方天戟を一桿使い、一人は蕭鯨といって大刀を一把使う。実の兄弟で沢州の人、もとは山賊あがりであったのを孫飛虎が招いて助けとしていた。あと二人は、一人を曽杰、一人を劉真といい、どちらも鄆州の人である。曽杰は智謀があり、劉真は武芸に通じていた。安重栄がこの二人を押衙将に表薦し、孫飛虎とともにこの高山険要の地を守らせるべく遣わしたのであり、守りは厳重であった。

この後どうなるかは、次回に続く。

評語

卓吾子の評。黄文宝ひとりの力を得たおかげで、弓を張り箭を番える労もなく、金井関までたやすく手に入った。これこそ知遠に先見の謀があったからであろう。

原文(底本)
卻說黃文寶授計,隨引人馬,行至關下,已是黃昏時候。

  大叫開關,軍人在敵樓上,認得黃文寶。報知戴禮。禮道:「夜間難認真假,且莫開關。」又報:「文寶走脫晉營,有機密事說。」戴禮乃自引眾人來關上看,果是文寶,戴禮令人開關,放入黃文寶。進帳中,見戴禮羞愧道:「不聽公之言,被他拿去,權時順降,欲乘便燒營,未得機會。今聽得長安報來,說晉主病重,要召回劉知遠,商議國事。晉營得此消息,人各收拾,準備起程,不甚提防,被我偷得一匹馬,脫身而歸。趁晉兵歸心已亂,人無鬥志,今夜我與兄統領軍馬,劫他營寨,必成其功!」戴禮道:「只恐是晉人之計?」文寶曰:「小弟親聽得此消息,有何計哉?我部兵先行,兄急隨後救應。」戴禮依其說,傳令拔寨起行劫營。

  卻說劉知遠令史弘肇,領五千兵埋伏關下,並說:「等他兵一出,即乘勢殺入奪關,此便是你頭功。」史弘肇說:「文寶初降,未知心腹,元帥自須斟酌。」知遠道:「只依我軍令,自有分曉。」史弘肇不悅,引兵去了。知遠傳令,叫軍將四下埋伏,聽候火炮一起,四下殺進,只留空營等待。

  且說黃文寶引兵先行,戴禮隨後亦到。時將三更,文寶道:「晉兵下三個營寨,我劫左營,兄劫右營,殺到中營取齊。」

  戴禮道:「兄弟所見有理!你可先殺進。」文寶匹馬當先,大叫一聲,劫營殺進去。戴禮也殺入右營,卻是空營。自思:「莫非晉兵去了,復殺到中營,不見文寶,戴禮卻令人去探,回報:「文寶不知那裡去了?」戴禮大驚曰:「吾中奸賊之計矣!」急令催兵回關。

  忽晉營內火炮震天,光照山川,四面八方,晉兵潮湧而來。

  戴禮不敢戀戰,殺開一條血路,走到關下。關上火把齊明,一將大叫:「戴禮如何不降?」取關者,乃史弘肇也。戴禮見了,不敢望南走,勒馬奔西路殺去。前遇著郭威阻住,兩馬相交,比手三合,被郭威一矛,截死馬下,盡降其眾。郭威收兵,到金井關取齊,天色已明,知遠部大軍入關安民。

  郭威、史弘肇各獻功畢,史弘肇問曰:「元帥如何知文寶此計可成其功?」知遠曰:「文寶初降之時,我觀其材貌,是個好漢,故釋之,委為將,以安其心。金井關原是他守,必熟知地勢,吾故問他求計,彼獻此計,出乎本心,使他人如何進關,惟文寶可成此功。用之而無疑,吾不負文寶,文寶寧負我乎?今得此關,勝用數萬人馬之力矣!」史弘肇拜服曰:「元帥深謀遠識,我等皆不及也!」知遠傳令進兵。一聲炮響,大軍離了金井關,行了數日,望鐵籠山不遠,知遠下令安營。

  卻說鐵籠山,孫飛虎把守,部下有四員副將。一名蕭龍,使一桿方天戟,一名蕭鯨,用一把大刀,至親兄弟,澤州人也,原亦綠林中出身,孫飛虎招來相助。又二名,一名曾杰,一名劉真,皆鄆州人。曾杰有智謀,劉真通武藝,安重榮表二人為押衙將,差來與孫飛虎同守此高山險要之地,嚴加守把不提。

  欲知後事如何?且聽下回分解。

  卓吾子評:

  得黃文寶一人之力,不廢張弓支箭之勞,金井關亦唾手而得,實知遠有先見之謀歟!

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